2000.7.3
 さようなら!ザ・ビートルズ


先月から34年前のビートルズ来日について書いていましたが、そうこうしている間に7月3日。
34年前の今日、ビートルズは10時45分の飛行機で日本を離れて行ったのですね。

この後、日本の音楽シーンは本格的にグループ・サウンズの時代へと突入するわけですが、この日本公演で前座をつとめる ミュージシャンの面々を見ても、当時の状況が良くわかります。
再びビートルズ日本公演のパンフレットを見てみますと、

 <ビートルズ日本公演 日本側出演者>
  尾藤イサオ、内田裕也、望月浩、桜井五郎
  ジャッキー吉川とブルーコメッツ、ブルージーンズ、ザ・ドリフターズ
  (司会)E.H.エリック

どうでしょう、この陣容。
「日本側出演者」という表現は少々照れますが、尾藤、内田、望月、桜井の4氏はこの日のために作られた 「ウェルカム・ビートルズ」という不思議な曲を歌い、ブルーコメッツやブルージーンズも、ビートルズに負けじと 張り切って持ち歌を披露しています。

その中にあって、完全に異質な存在となっているのがドリフターズで、そもそもここで色物を起用する主催者のセンスが 信じられません。
案の定、パンフレットを見ても、これ以上ないというほど浮いています(左)。

私は一度だけ、この前座で歌っているドリフターズの映像を見たことがありますが、需要のない客席にギャグを供給し 続ける姿は、仕事とはいえ大変そうでした。




2000.7.4
 追悼・青江三奈さん


このイカすジャケット!!
昨夜、青江三奈さんの訃報を聞いて、私は棚からこの『伊勢佐木町ブルース』のレコードを取り出しました。
実はこの曲は今も結構良く聴いている1枚だったのですが、 新聞等によれば「高校卒業と同時に銀座で歌い始めた」という青江三奈さんの歌唱力と存在感を、改めて実感しました。

ただ、54歳というのですから早すぎますね。
さっそく廃盤歌謡のコーナーでも青江三奈さんを偲び、「伊勢佐木町ブルース」を取り上げましょう。




2000.7.8
 愛しの防災無線


三宅島近辺の火山噴火、地震、豪雨等は本当にお気の毒ですが、その中にあって、神津島全域に配備された「防災無線」の活躍が伝えられています。

一般にはあまり馴染みがないと思われる「防災無線」。
実際私も三陸に移り住んではじめてその存在を知ったのですが、ごく簡単に言うと、集落ごとに設置されたスピーカーによる放送で、 津波等の災害の多い三陸地域においては、地域住民に各種の災害情報を発信するという、極めて重要な使命を負っているのです。


しかしこの「防災無線」、単に地震・津波等の生命に関わる情報に混じって、大きい外国船が入港したというニュースやら、今日の市民会館でのコンサート情報など、 どう考えても災害とは無縁な情報も随時発信されるため、全く聞き逃せません。

また市内で火災などが発生しますと、「火災発生、火災発生。藤の川1丁目、上野商店付近の事務所で火災発生。」 といった具合に発生ポイントを必要以上に詳細に伝えるため、市内全域から野次馬が集結するなど、不思議な逆効果も 発現しています。
一方、夕方の5時には「からすの歌」が流れ、仕事中の私をほのぼのとした気持ちにさせてくれました。

そんな訳で、今回の災害関連の報道で「防災無線」という言葉を聞いた途端、三陸に住んでいた頃の色々な情景が 一瞬にして目の前に広がって、少しウルウルしてしまいました。




2000.7.9
 発見!「ため息路線」


青江三奈さんが亡くなった時の報道の中で、私は森新一さんの次のコメントが最も印象に残っています。
「私と青江さんは、当時 『ため息路線』 として売り出しており、キャンペーンなどにも一緒に回った ものです。」

「ため息路線!」
私はそのネーミングにすっかり心奪われると同時に、自分の勉強不足を恥じ、その「ため息路線」なる注目すべき路線について見識を深めなければと考えていました。

そんなところに昨日、このハシモトコウ・アワーをいつも見ていただいているというある年輩の方から、 1枚のレコードをいただきました。
手渡された30cm四方のビニール袋から慎重に中身を取り出した私。すると!

出てきたのは「夜と恍惚とため息と」と題された、森新一さんと青江三奈さんによる強力なカップリング・アルバムだったのです。これはレア!
まさに私の新たな研究対象となった『ため息路線』の生きた教材ではありませんか!

収録曲を見てみましょう。
  A面:森新一
    @年上の女
    Aひとり酒場で
    B花と蝶
    C盛り場ブルース
    D湯の町の女
    E命かれても
  B面:青江三奈
    @長崎ブルース
    A新宿サタデー・ナイト
    B伊勢佐木町ブルース
    C酒場人形
    Dおんな酒
    E札幌ブルース

どうですか、「湯の町の女」、「新宿サタデー・ナイト」・・・。曲名を見ただけでゾクゾクしてきますね。

さて私はまだこのレコードに針を下ろしていません。
というのも、よほど気合いを入れて聴かないと、簡単にこのお2人に打ちのめされてしまうであろうことは、 このジャケット写真を見れば火を見るより明らかです。

一方、レコードには「パーフェクト・サウンド」という文字が燦然と刻まれており、早くその自慢のサウンドをアンプリファイしろと私を煽っているようです。

というわけで、森新一さんと青江三奈さんの2人は今、私の机の上で圧倒的に濃い存在感を放ち、部屋中の空気を支配しているのです。




2000.7.13
 愛しの防災無線2


先日取り上げた三陸の防災無線。恐らく今日も地域の方々に様々な不思議情報を発信し続けていることと 思われますが、掲示板に [らんぜさん] から寄せられた情報によると、宮古市の隣、山田町では「ウニの口開け」情報や「健康音頭」といったものも放送されるとのこと。
同じ防災無線でも地域によって使い方に工夫がうかがえますね。

「口開け」とは一般に漁場等の解禁のことを指しますが、この言葉に馴染みのない方なら、一体なぜ捕獲したウニの口を開けるたびに町中に放送するのかと 思われたことでしょう。

しかし「健康音頭」は知らなかったなあ。
どんなに落ち込んでいる時も、どんなに激しく喧嘩をしている時も、毎日定刻になると、必ず町中が音頭に包まれてしまうのですね。




2000.7.17
 実写版 鉄人28号


 1960年にテレビ放映された実写版「鉄人28号」が、都内でモーニング・ショー公開中だ。
 巨大ロボットと少年探偵金田正太郎の冒険を描く「鉄人28号」は、63年のアニメ版が有名だが・・・(後略)。

これは15日朝日新聞夕刊9面の記事。これは気になります。

テレビジョン社会の黎明期には、このような「実写版」なるものが相当数存在し、例えば私の大好きなあのオバQにさえそれがあったと聞いています。
情報によればこちらは主人公が白いシーツをかぶっていただけにしか見えないとのことで、恐ろしく実験的です。

しかし鉄人28号にも実写版があったことは知りませんでした。
鉄人を実写で表現できるとはとても思えませんが、この記事はその辺についても触れています。
 2メートルほどの着ぐるみが演じる鉄人は、頭でっかちでヨタヨタ歩き、いま見ると ユーモラスだ。
いま見なくても十分ユーモラスだと思うのですが、実際、紙面に掲載されている不鮮明な写真をよく見ると、 犯罪現場に突然鎧を着た武士が入り込んできたような感じになっていました(→)。




2000.7.24
 命がけ!音楽制作


この秋、道内3ヶ所で上演する芝居のため、この土日は私も音楽制作で自宅で山ごもりの状態になっておりました。

楽器や録音機材のある私の作業スペースは、防音上閉め切ってあるため室温が異常に上昇し、扇風機だけがささやかに回転しています。
マイクを使っての録音になると、ブーンという回転音が入り込むのでこの扇風機も止めなくてはなりません。
この2日間は記録的な暑さでしたのでそれはもう大変で、こんな時に弾くブルースギターはいつも以上に悲しいのです。


ところでこうした自宅作業で最も苦痛を伴うのが、完成した曲に歌を乗せる作業。
中途半端な声で歌っても細かなニュアンス等が伝わらないので、できる限り大きな声で録音しようと思うの ですが、ここで問題となるのが住宅事情で、だいたい芝居の歌詞というのはどうにも浮世離れしたものが多く、 大声で歌うことには大いにためらいを感じます。

例えば昨日作業した曲ですと、歌詞の1行目は「1人の綱渡り」。
別に私が綱渡りになりたい訳じゃなく、単に台本上そうなっているというだけなのですが、しかし隣の家から綱渡りのことを歌う声が それなりのボリュームで聞こえてくれば、誰でも気味が悪いことでしょう。

やむなく私は通常 「"猫なで声in布団" 歌唱法」、すなわち布団の中に入って猫なで声で歌うといった方法を試みていますが、 これは自分自身の気分が乗らず、今イチという結果に終わることが多いのです。

そこで私は前回の99年冬公演『ペチカ』の時に、車の中で歌を吹き込むことを思い立ちました。 これなら郊外部にでも出れば、遠慮なく熱唱し録音できると考え、小型の録音機材一式を積み込み出かけたのですが−

そもそもこの大都市東京には車を止めてゆっくり歌を歌う場所などどこにもなく、適地を探して車を走らせているうちに、いつしか羽田空港の近くまで来ていました。
ここまで来ると、交通量は依然多いものの、何とか路側に車を止めることはできそうです。
滑走路の脇のとある位置に停車させ、録音機材をセット。そして私は小型マイクに向かって熱唱し始めました。

すると!
向こうから1台のパトカー、そしてカマボコ型をした護送車までが私の車に向かってやって来るではありませんか!(ホントの話)

考えてみますとこの時期、例のシミュレーションゲームマニアによる全日空機のハイジャックがあったばかりで、空港は厳戒態勢。
そんな中で、滑走路近くに停車した車の中で男が小型マイクに向かって絶叫(正確には熱唱)している様は、危険極まりありません。


幸いなことに簡単な尋問の末、事なきを得て解放された私ですが、芝居の音作りとはこのように常に大いなる危険と隣合わせにある危険な職業なのですね。




2000.7.29
 新曲出来


7月24日版で芝居の音楽を制作する時の私の涙ぐましい工夫の数々を御披露しましたが、 作業を開始してから2度目の週末。今日は2度目の部屋ごもりの日でした。
ちなみに先日、ピンギス様から寄せられたお便りによりますと、宇多田ヒカルも布団の中で作曲したとのこと。
私と宇多田ヒカルの共通した才能が思いがけず明らかになりましたね。

それにしても夏だからしょうがないとはいえ、この土日めがけて気温が上昇する最近の天気は何とかならない ものでしょうか。
閉め切った高温多湿の部屋で作業する様はまるで減量中のボクサーで、音楽を楽しんでいる人には とても見えません。
少なくとも宇多田ヒカルはこんなことを絶対にしていないでしょう。

しかし2度の部屋ごもりによって作業は完了しました。テーマは「巡業」。
旅芝居の暑苦しい感じがよく出た大変暑苦しい曲ができました。大変気に入っています。 機会があったら聞いて下さい。