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2000.9.6
逃げたダチョウ、帰宅す


出勤前にチラチラ朝のワイドショーを見ていましたら、今日は某局で、ある町の"ダチョウの捕獲作戦"を追跡取材していました。

どこぞから逃げたらしいダチョウは実に俊敏で、人間が捕獲しようと取り囲んでも走り去って行き涼しい顔をしており、捕獲する方も相当難儀している様子。
これは捉えるのは無理なのでは?
ところがこのダチョウ、約2日間に渡って逃げ回った後、自分からオリの中に戻って行ったというのです。
この行動は一体??

番組のコメンテイターによると、ダチョウはすごく頭が弱いらしく、飼育係の顔さえ覚えていないとのこと。
それは私よりヒドい!

確かにダチョウの顔を見ると脳の収納スペースはかなり狭そうです。
恐らく逃げる時は「今日は逃げようかな」という意志を持って走り始めたものの、じきに何故走っているのかを忘れ、「そろそろ帰ろうかな」と思って単にオリに戻ったということでしょうか。

こうしてダチョウ騒動は思いもよらぬ形で幕を閉じました。
頭が悪くても全く気にしていない様子のダチョウ。この生き方は、これはこれで勉強になります。




2000.9.16
近くて懐かしい昭和史


両国に「江戸東京博物館」という博物館があり、そこは文字通り江戸時代から昭和まで、江戸〜東京という歴史・文化・風俗等に関する博物館です。
何しろ博物館ですから、あまり重ねて足を運ぶようなものではないようなものですが、何となくたまに行きたくなっては電車に乗って出かけます。

常設の展示の他、期間限定で様々な企画展示があり、この夏の企画は「近くて懐かしい昭和展」です。
企画自体もさることながら、今日は「関連講演会」と題された「テレビコマーシャルに見る昭和の暮らし」という講演会があり、これが実に有意義でした。

時間は18時30分からで、先着100名限定とのこと。
行ってみると既に開場前から多くの方が並んでおり、私も早速その列に加わりました。
開場し、場内に入ってみると一番前の席はまだ少し空いているようです。
大学で2度も留年していることを感じさせぬ積極性で、私は一番前に座りました。

講演は計2時間で、戦後の代表的テレビCMも計70本近く見ることができました。
皆さんも是非行きましょう。



2000.9.25
有楽町で逢いましょう


新聞やテレビで報道されているとおり、「有楽町そごう」が昨日閉店しました。
仲の良い友人がそごうに勤めていることを除けば、そごうデパートそのものに特段の思い入れがある訳ではないのですが、戦後の社会や文化にまで及んだ歴史的な役割は大ですよね。
各紙も記事の中でそのあたりに触れていますので、少し抜粋してみましょう。

   
閉店セール中の有楽町そごう。買い物客がごった返す店内に、フランク永井さんの低音の歌声が流れている。
相手を待つ男女の心情を甘く歌った「有楽町で逢いましょう」だ。
有楽町そごうは1957年5月、戦後のバラックが残る有楽町駅前に、当時、珍しかったエスカレーターを備えたモダンな百貨店として登場した。
客をひきつけたキャッチフレーズ「有楽町で逢いましょう」は当時の宣伝係長が、アメリカ映画「ラスベガスで逢いましょう」の看板を見て思い付いた。
斬新なフレーズと評判になり、ビクターレコードから同名での映画化と主題歌の製作話が持ち込まれた。
映画では同店が、主人公のカップルの待ち合わせ場所などで登場。主題歌も大ヒットし、無名だったフランク永井さんを一躍、スターの座に押し上げた。
(9月22日読売新聞夕刊)

なるほど。こんな魅力的なエピソードを聞かされては我慢できません。閉店を見届けに行かなくては!

現地に着いたのは日も暮れた7時前、ほぼ閉店直前です。
耳をすますと、、流れています流れています、「有楽町で逢いましょう」が。

店内も確かにすごい人で、報道関係の方々もこれまたすごい数です。
各階エレベーター付近ではハンドスピーカーで最後の客引きをしていました。

ある階では「最後まで、最後まで、頑張ります!」と泣きながら絶叫している店員さんがいて、報道各社のカメラが一斉に彼に向けられています。
泣いているから撮られているのか、撮られているうちに感極まったのかは分かりませんが、とにかく大変なことになっています。

余りの人の多さに、30分もいるとグッタリしてきました。
こんな時は食堂なんかがきっと穴場なはず。最後にビールでも飲んで別れを告げるというのも良いような気がして食堂に向かいますと、食堂入口には店員のみなさんが総出で並んでいるではありませんか。
これにはさすがにひるんでしまい、1人で中に入る勇気が出ませんでした。

そして夜7時。
最後は外で閉店の様子を見届けようと思い、店を出て、有楽町駅でスポーツ新聞と缶ビールを買って再びそごう前に戻りました。

スポーツ新聞のエッチな紙面の部分を(一応読んでから)歩道に敷き、座ってビールを飲みながら閉店までの様子を眺めていました。
周囲には年輩の方々もたくさんいらっしゃいました。たくさん思い入れもあるのでしょう、やっぱり寂しそうです。
いろいろとセレモニーもあったのか、結局シャッターが降りた時には夜8時くらいになっていました。

ほどなく人影もまばらになり、私もその場を離れしばらく周囲を歩きましたが、ガード下を中心に古い飲食店などがそれなりに生き残っていて、渋い魅力を発散しています。
まだまだ頑張って欲しいものですね。