2000.9.3
 気温のこと


9月だというのに37.8℃です。
あの外気の感じは何にも例えようがありません。
少なくとも「気体」という感じは全くなく、強いて表現するなら「肌に触れる 何やら温かいもの」といった感じです。

明らかに脳も動作していないのでしょう。
口をついて出る言葉が、「うわ〜」とか「ふぅー」とかそんなものばかり。
つまり脳が口に対し、慣れている動きを適当に繰り返すよう命令しているとしか思えないのです。
しかも脳は、本人である私にバレているのにその後もサボり続け、何となく適当に1日を終えようとしているフシがあります。

今日は休日だからまだそれで良いものの、気を付けないとこのまま月曜日になってしまうので、警戒せねばなりませんね。




2000.9.6
 逃げたダチョウ、帰宅す


朝は出勤の用意をしながらテレビのニュースやワイドショーなどを横目でチラチラ見ています。
何しろ時間がないのでゆっくり見ている時間もないのですが、今日は某局で、ある町で起こった"ダチョウの捕獲作戦"を追跡取材していました。

もともと動物の魅力にはかなり弱い私ですが、今日のダチョウは人間が捕獲しようと取り囲んでも、あのフザけた体でホイホイと走り去って行き涼しい顔をしており、 ひときわ私の目を引きます。
捕獲する方も相当難儀している様子。このままでは捉えるのは無理そうです。

ところがこのダチョウ、約2日間に渡って逃げ回った後、自分からオリの中に戻っていきました。
この行動は一体??


番組のコメンテイターによると、ダチョウはすごく頭が弱いらしく、飼育係の顔さえ覚えていないとのこと。
それは私よりヒドい!

確かにダチョウの顔を見ると脳の収納スペースはかなり狭そうです。
恐らく逃げる時は「今日は逃げようかな」という意志を持って走り始めたものの、じきに何故走っているのかを忘れ、「そろそろ帰ろうかな」と思って単にオリに戻ったということなのではないでしょうか。


ともかくダチョウ騒動はあっさりと終わりました。
ポッポコポッポコ走って行くダチョウを見ていると、頭が悪くてもまるで気にしない様子に大変好感を覚えたのですが、ここで「親近感」とまで言うと一抹の寂しさも禁じ得ないため、「好感」という表現にとどめたところです。




2000.9.8
 戦後歌謡の世界


くりはらA子様より、先月北海道で開催された「蝦夷ロックフェスティバル」の模様に関するお便りを頂きました。
私も友人から断片的に聞きましたが、相当面白い催しだった模様。
その中にあって、A子さんは会場で使用されたBGMにも大いに心を奪われたとのことです。

 奥田民生が出てくる前に、なんともイケテル音楽が流れてきたのです!
 民生のホームページで探したところ
 その曲は・・・「ジャングルブギー」笠置シヅ子
        「フジヤマ・ママ」「マンボバカン」雪村いづみ
        「パパはマンボがお好き」高嶋忠夫
 などなどです。
 その曲調の魅力といったら、聴いたものにしかわからない感動です!
 ロックっぽいものもあり、でもあのレコードのジリジリ音が懐かしく戦後歌謡曲の魅力満載です。

なるほど、確かに書いて頂いたこれらの音源は実際素晴らしいものばかりですが、それらに即座に感動できるというのも、これまた素晴らしいことだと思います。

  あなたがほほえむ時は私も楽し あなたが笑えば私も笑う ヘイヘイ
  二人で笑って暮らせばラッキーカムカム センチな唄などみんな忘れて
   ワッハッハッハッハッハッハ  ワッハッハッハッハッハッハ
   エヘヘ ウフフ オホホ イヒヒ ラランラララララ
  昔から笑う門にはラッキーカムカム あなたも私も笑って暮らそうよ
  ヘイヘイ ヘイヘイ ヘイヘイ ランラララララララララ

これは笠置シヅ子さんの「ヘイ・ヘイ・ブギー」ですが、楽しく、のどかで、素晴らしいですね。
中盤では笑い声をそのまま歌詞にしてみたりと非常に実験的で、遊び心にもあふれています。

そしてビッグバンドによるブギのリズム。3分08秒あるこの曲は、はじまりから終わりまで楽しさと躍動感に満ちあふれています。
私も大のお気に入りで、僭越ながら今でもライブで演奏させて頂いています。もちろん3人娘による踊り付きです。


笠置シヅ子さんの「東京ブギウギ」が発売されたのは昭和22年ということですから、本当に戦後すぐ。
そんな時期にこうした音楽を世の中に送り出したシヅ子さんと作曲の服部良一さんの才能と功績は、とても私などが論じられるようなものではなく、 どれほど世の中が明るくなったことだろうと想像しては、只々感服するばかりです。

そのシヅ子さんの曲を天才的なものまねで歌ってのける少女が突如出現し・・・というあたりからはもう余りにも有名な話ですので割愛しますが、 御存知美空ひばりさんの登場です。
こういう激動の時代の歴史というのは刺激的すぎて、つい「ふぅー」とため息が出てしまいますね。




2000.9.16
 近くて懐かしい昭和史


両国に「江戸東京博物館」という博物館があり、そこは文字通り江戸時代から昭和まで、江戸〜東京という歴史・文化・風俗等に関する博物館です。
何しろ博物館ですから、あまり重ねて足を運ぶようなものではないようなものですが、何となくたまに行きたくなっては電車に乗ってゴトゴトと出かけます。

博物館では常設の展示のほか期間限定でいろいろな企画展示がありまして、この夏の企画は「近くて懐かしい昭和展」。
電車に乗ってゴトゴトと行って来ました。


終わってみると実は企画自体はもうひとつ深みに欠ける内容で、あまり刺激はなかったのですが、 「関連講演会」と題された「テレビコマーシャルに見る昭和の暮らし」なる講演会があり、これが有意義でした。

時間は18時30分からで、先着100名限定とのこと。
行ってみると既に開場前から多くの方が並んでおり、私も早速その列に加わりました。
開場し、場内に入ってみると一番前の席はまだ少し空いているようです。
大学で2度も留年していることをまるで感じさせぬ積極性で、私は一番前に座りました。


講演は計2時間。戦後の代表的テレビCMが計70本近く上映される上、制作当時の状況に関する 講演もあり、私の無益な向学心を大いに満たします。
ついメモを取ったりしてしまう場違いな熱心さは何となく自動車学校に出席している年輩の御婦人の受講態度のそれに共通するものがありますが、あっと いう間に時間が過ぎて行きました。

学習の成果についても追ってまた。




2000.9.25
 有楽町で逢いましょう


新聞やテレビで報道されているとおり、「有楽町そごう」が昨日閉店しました。
仲の良い友人がそごうに勤めていることを除けば、そごうデパートそのものに特段の思い入れがある訳ではないのですが、 戦後の社会や文化にまで及んだ歴史的な役割は大きいようです。
各紙も記事の中でそのあたりに触れていますので、少し抜粋してみましょう。

   
閉店セール中の有楽町そごう。買い物客がごった返す店内に、フランク永井さんの低音の歌声が流れている。 相手を待つ男女の心情を甘く歌った「有楽町で逢いましょう」だ。
有楽町そごうは1957年5月、戦後のバラックが残る有楽町駅前に、当時、珍しかったエスカレーターを備えた モダンな百貨店として登場した。
客をひきつけたキャッチフレーズ「有楽町で逢いましょう」は当時の宣伝係長が、アメリカ映画「ラスベガスで逢いましょう」の看板を見て思い付いた。
斬新なフレーズと評判になり、ビクターレコードから同名での映画化と主題歌の製作話が持ち込まれた。
映画では同店が、主人公のカップルの待ち合わせ場所などで登場。主題歌も大ヒットし、無名だったフランク永井さんを一躍、スターの座に押し上げた。
[9月22日読売新聞夕刊]

なるほど。こうした魅力的なエピソードを聞かされてはもう我慢できません。さっそく出かけることにしました。


さて現地に着いたのは日も暮れた7時前、もう閉店直前です。
耳をすますと・・・流れています流れています「有楽町で逢いましょう」が。低音で。

店内も確かにすごい人で、報道関係の方々もこれまたすごい数です。
各階エレベーター付近ではハンドスピーカーで最後の客引きをしていました。

ある階では「最後まで、最後まで、頑張ります!」と泣きながら絶叫している店員さんがいて、報道各社のカメラが 一斉に彼に向けられています。
泣いているから撮られているのか、撮られているうちに感極まったのかは分かりませんが、とにかく大変なことになっています。

余りの人の多さに、30分もいるとグッタリしてきました。
こんな時は食堂なんかがきっと穴場なはず。最後にビールでも飲んで別れを告げるというのも良いような気がして 食堂に向かいますと、食堂入口には店員のみなさんが総出で並んでいるではありませんか。
私もこれにはすっかりひるんでしまい、1人で中に入る勇気が出ませんでした。


そうしている内に、とうとう時刻も夜7時。
最後は外で閉店の様子を見届けようと思い、店を出て、有楽町駅でスポーツ新聞と缶ビールを買って再びそごう前に戻りました。

スポーツ新聞のエッチな紙面の部分を(一応読んでから)歩道に敷き、座ってビールを飲みながら閉店までの様子を眺めていました。
周囲には年輩の方々もたくさんいらっしゃいました。たくさん思い入れもあるのでしょう、やっぱり寂しそうです。
いろいろとセレモニーもあったのか、結局シャッターが降りた時には夜8時くらいになっていました。

ほどなく人影もまばらになり、私もその場を離れしばらく周囲を歩きましたが、ガード下を中心に古い飲食店などが それなりに生き残っていて、渋い魅力を発散しています。
まだまだ頑張って欲しいものですね。




2000.9.29
 WiLL


上述の"有楽町そごう閉店セール"時のこと。
前方から女の子が「WiLL」のロゴの入ったTシャツを着て歩いてきました。

分かりますよね、WiLL。
アサヒビールやトヨタ、パナソニックなどの異業種合同プロジェクトで、オレンジ色の正方形の中にWiLLというロゴが入っているやつ。

私も「へー、WiLLには衣料メーカーも参画しているのか・・・」と何気なくその女の子のTシャツを眺めていたのですが、どうもWiLLの最初の文字が 『W』とは違うよう。
そこでもう1度良く見てみますと、そこが『K』になっています。

K、i、L、L・・・KiLL!!


私もいろいろな類似品を見てきましたが、これはとてつもなく物騒です。
暴走族の手作りTシャツでしょうか?

一般に暴走族の皆さんが「KILL」などと名乗る場合、字体を過度に攻撃的にしすぎて殆ど読めないか、 「飢流(きる)」のように我が国にない熟語を当ててこれまた全く読めない−というあたりが相場です。

しかしこちらは読みやすい上に色もオレンジと大変かわいらしく、抗争中の相手の族の方も大いに油断することでしょう。

いずれにしても、この素晴らしい着想に私はすっかり感心しました。