2000.10.2
 


10月になりました。
思えば先月は37.8℃という殺人的残暑から始まって、「9月になったので、もしや涼しくなるのでは?」という 私の淡い期待は熱風の中に消えて行きました。
これで10月まで暑かったら一体いつを秋だと思えば良いのでしょう。

秋はやっぱり北海道がいいなと、しみじみ思うこの頃です。
晴れているのに朝晩はひんやりしている、あの感じが良いのです。
空気は澄んでいるし、木々は色づいているし、うー、書いているうちにどんどん羨ましくなってきました!


ところでオリンピックが終わった今日、我が家にBSアンテナが装備されました。
なぜこれほどまでに中途半端なタイミングで購入してしまったのか、私自身、大変不思議です。




2000.10.4
 ウィンカー搭載自転車


近くのお店の前でウィンカー付き自転車を見ました。
懐かしかったなー。わかりますよね、ウィンカー付き自転車。

自転車の前輪上のスペースと後部の荷台のスペースに、電池で光るウィンカーが搭載されており、物によっては音も出ます。ラジオが付いているものもありました。
そして左折・右折の際、手元のスイッチを操作することで電飾が進行方向に向かって流れ、運転者の右左折を知らせるのです。

ウィンカーが搭載された自転車が流行したのは(私の地域では)小学生の頃でした。小5〜小6くらい。
少年野球の練習が終わって帰る時、盆踊りやお祭りに行くのに集合する時・・・、ウィンカー付きの自転車に乗っている友達の羨ましかったこと!

当然私も両親に対し、新しい自転車を買ってくれるよう強く希望し、両親もまた私の願いを理解してくれた様子だったのですが、 うちの父がまたなかなかの変わり者で、ある日突然買ってくれた自転車はタイヤの直径が30cm位しかない滑稽な形をした珍自転車でした。

ユニークで大変良いものを調達してきたと、いかにも満足そうな父。
しかし大学生にでもなっているならともかく、小学生にあの自転車の価値を理解しろと言われても絶対に無理。

そんなわけで結局私は乗ることができなかったウィンカー付き自転車。
その後絶滅してお目にかかることがなくなったある時代の代表的なアイテムのひとつですが、今でも欲しいと思うときがあります。




2000.10.5
 親知らずの思い出


私は大変口がでかく、以前ご紹介したとおり中学時代は「クチ」と、体の部分でそのまま呼ばれていましたが (1/8 オバQ 参照) 、 口全体の大きさにつられのか、「親知らず」も物凄い大きさに育ちました。
この親知らずが私の口の中で活動を始めたのは4年ほど前のことです。

御存知の方も多いと思いますが、「Live版ハシモトコウ・アワー」でドラムを叩いてくれている清水穂高さんという方は、某歯科の院長で、 親知らずが痛み出したので、さっそく私は彼の医院を訪ねました。

ところで「ドラマーの歯医者」というのは、その響きだけで妙な恐怖感がありますね。なんか激しそうで。
何となく歯医者さんはクラシックなどを好んで聞いていて欲しいもの。
歯医者の広告看板に仮に【主治医の演奏する楽器】という項目があったとしたら、そこに「ドラム」と書いてある病院には決して行かないでしょう。
患部を乱打することで親知らずを摘出するのでは?という起こり得ないことまで考え、不安です。

実際は清水先生はそんなドラマーのイメージとは違い、大変心優しく腕の良い先生です。
これには彼がドラムだけでなくピアノも上手いということが原因として挙げられましょう。


しかしそんな名医の彼も、私の巨大な親知らずには少なからず衝撃を受けたようで、専門の設備のある医院に行く必要があるとのこと。
結局私はそこで全身麻酔のようなものを撃たれ、大がかりな手術の末、親知らずを摘出したのです。

昨日、とある掲示板上で親知らずを処置しようとしている方の書き込みを見ているうちに色々なことが思い出されてきたので、 私も親知らずの思い出を御披露してみました。




2000.10.6
 コンサドーレ札幌と浦和レッズ


皆さん御存知と思いますが、札幌には「コンサドーレ札幌」というJ2のチームがあります。
ちなみに「コンサドーレ」というのは、道産子を逆から読んで「オーレ!」を付け加えたという他ではなかなか見当たらない強力なネーミング。
発表された時は北海道中が震撼しました。

チームが設立され、まずはJ2からのスタート。
私は応援しました。当時は札幌に住んでいましたからJ1昇格めざし、ホームグラウンドの厚別競技場にも何度も足を運びました。
必死の応援の甲斐あって、その年コンサドーレは見事に優勝し、J1昇格を決めたのです。

これで来年からは札幌でJリーグの試合が見られるんだ!そう涙していた私の元に、ほどなく人事異動の知らせが入り、観るどころかテレビ放映さえされない 三陸地域へと私は旅立ちました。
1年が過ぎ、今度は東京に異動となった私。再びJリーグが、そしてコンサドーレが見られる!
しかし彼らはわずか1年でJ2へと転落しており、既にJ1にその姿はなかったのです。


そして同じくJ2に陥落した浦和レッズ。最近昇格ラインの2位以内も危うくなってきました。
気になって浦和レッズ関係のホームページをいくつか覗いてみますと、掲示板等でサポーターの皆さんが、それはもう怒ってます、怒ってます。
発煙筒くらいは簡単に手作りしてしまう彼らを決して怒らせてはいけません。

さらに気になったのが、そのHP上で「NEW」と書かれた「練習試合結果」という欄。
 【浦和レッズ 3 − 2 西武台高校】
と書いてあります。

3−2?!
なぜ高校生とそんないい試合を・・・。
というより、そもそもなぜレッズは高校と練習試合をしているのでしょう?

ユース・チームの試合結果なのだろうと思いたいのですが、もしやトップ・チームなのでは?という疑念も捨てきれないあたりが、 今や高校生よりも確実に弱いと言われている阪神タイガースの姿と何となくダブり、新たな悲しみに包まれる私です。




2000.10.14
 11PM


Jazzのコーナーで取り上げている「11PM」。
その歴史的価値の高さは賢明な読者の皆さんには改めて御説明する必要もないでしょう。
ちなみに使用している音源は、まだ番組が放映されていた当時に私が貧弱な録音機器でテレビから採取したものです。まああのモコモコした音を聞けば一聴してお分かりのことと思いますが。

ところが最近はこのような過去の貴重な音源もCDで再発売されることも多く、ずいぶん便利になったもの。
そして昨日行ったTUTAYAに、この「11PM」があってびっくりしました。

CDのケースに表記されている「演奏時間」を見ると、25秒。
「最も短いテーマ・ミュージックがついにディスク化」ですって。

ジャケットはバニーガールが3人、足を上げているイラスト。スーツ姿だったこともあって、カウンターの女の子に渡すにも少々勇気が必要です。
渋めのJAZZのCDも同時に借りることで "印象の中和" を試みましたが、恐らく見透かされていることでしょう。


で、そのジャケットには番組のオープニングに画面に重ねられたお馴染みの各種アニメーションが、 4コマに分割されてそれぞれ掲載されていました。合計4種類。
 @ 11時の時報に続いて地球を電波が包んでいるヤツ
 A 11PMのロゴ
 B バニー・ガールが3人並んでライン・ダンスをしてるヤツ
 C 悩ましげな全裸の女性が横たわっている上、ダメ押しでシルエットが光っているヤツ

4種類の映像はどれも時代の魅力に溢れていますが、その最大の要因は、これが「手書き」であるということに尽きましょう。
@の"地球+電波" などは、デザインが幾何学的であるために一層「手書き感」が際立っています。

しばらく見つめていた私でしたが、そのうち、これが動かないことに我慢できなくなり、動画の制作作業に入りました。
一つ一つのイラストを、実際の番組さながらにモノトーン化&反転させ貼り付けてみますと、なるほど、悪くありません。
ただ、背景が真っ黒なのが悪いのか、今ひとつ、あの番組の始まる独特の感じが出ませんね。


そこで今度は大橋巨泉・松岡きっこ両氏を背景に置いてみましたら、俄然イイ感じになりました!
なるほど。やはり当時のモノは当時のモノと組み合わさってこそ、その魅力を恐ろしいほどに発揮するのですね。







2000.10.20
 長島監督とJazz


私が11PMなどという浮世離れした話題を発信している間に、世の中は日本シリーズのO・N対決で盛り上がっていました。

巨人は、例によって良くもあれだけ金を積んで選手を集めたもので、余程のことがない限り楽勝という戦力です。
が、失礼ながら長嶋茂雄さんが監督であるという事実は、その「余程のこと」に該当するような気も。
シリーズ前のインタビューもいくつか見ましたが、「さすが!」と思わず唸る珍問答となっており、この分だとシリーズも混戦が期待できそうです。

ところで先日、某番組の中の日本シリーズ予想において、
 「王采配は理論的、長嶋采配はジャズ的と言われていますが−」
という、にわかには信じがたいナレーションがあって私はすっかり取り乱してしまいました。

長嶋采配がジャズ的・・・。
これには我が国のジャズ界にも激震が走ったことでしょう。

一応、Swingとかけて"激震"と洒落てみましたが、そんな気休めも「長島采配=ジャズ」というコメントの衝撃の前には無力です。

往々にして言葉というのは誤って伝わって行くものですが、せめて「ジャズは長嶋采配的」と変化していくことだけは避けたいものです。




2000.10.25
 乱気流とけが


札幌に住んでいたころは、仕事柄飛行機による出張がやたらと多かった私ですが、最近はそうした出張が 全然ないため"飛行機慣れ"もすっかり薄れ、帰省時などに飛行機に乗ると、初めて乗った時のようなジトッ とした緊張を座席で密かに覚えています。

幸いこれまで飛行機で特に怖い目に遭ったことはありませんが、なんでも今日の札幌行の飛行機が1分間、乱気流に巻き込まれたとのこと。
来月早々に芝居の本番があり札幌へ戻ろうかと思っていた矢先だったので、つい記事にも目が行きました。

 機内のトイレにいた札幌市の男性会社員(49)が壁に顔をぶつけた拍子にメガネがずれ、
 つるが左ほほに刺さり、3日間の軽傷を負った。

トイレの中で乱気流の瞬間を迎えるとは、失礼ながら、例えようのない運のなさですね。
飛行機に乗る前は、まず絶対にトイレに行っておこうと、改めて私は肝に銘じました。


ところでそれはそれとして、問題は「つるが左ほほに刺さる」という状況。
こちらはもう、一体どれほど痛いのか、想像もつきません。

私はふと、浪人時代に「電話が足に刺さった」という理由で休んだ同級生のことを思い出しました。
その時は余りに想像不能な世界に友人一同騒然となりましたが、「間違いなく嘘」という意見が10割を占め、確か特に心配されていません。

対してこちらの男性会社員の方は現実につるが左ほほに刺さったというのですから実際大変衝撃的です。
しかし、記事には「3日間の軽傷を負った」とあり、「何故3日で治るのか!」という驚異的な治癒力の方も見逃せなく、 一体どの事実に対して感情移入して良いのか分からいという不思議なストレスを覚えました。




2000.10.26
 読書世論調査


標記のような堅い調査の結果が毎日新聞に出ており身構えましたが、内容はマンガに関する調査でした。
これがなかなか面白い調査です。

「20世紀に活躍した好きなマンガ家」という調査で、ランク入りしているのは合計51人。
4位以下は結構僅差になっていますが、紙面でも「別格の御三家」と紹介されていたとおり、上位3人は圧倒的な 票を集めています。

1位388人手塚治虫鉄腕アトム、リボンの棋士
2位178人長谷川町子サザエさん、いじわるばあさん
3位110人藤子不二雄ドラえもん、オバケのQ太郎

1位と2位に、倍以上の差があるのもすごいですね。
ちなみに以下、C鳥山明、Dあだち充、E井上雅彦、E宮崎駿、G本宮ひろ志、H青山剛昌、Iちばてつや、と続いていますが、4位でも一気に50票代まで落ちており、やはり前述の3人は 別格と言えるのでしょう。

さらに下位の中から目を引いたものだけざっと挙げますと、

12位 26人さくらももこちびまる子ちゃん
15位 25人赤塚不二夫天才バカボン、おそ松くん
15位 25人さいとう・たかおゴルゴ13、サバイバル
15位 25人横山光輝鉄人28号、三国志
19位 24人水木しげるゲゲゲの鬼太郎、悪魔くん
22位 21人梶原一騎巨人の星、愛と誠
23位 20人田河水泡のらくろ、蛸の八ちゃん
27位 17人石ノ森章太郎仮面ライダー
35位 13人白土三平カムイ伝

もちろんこんな枯れた味わいの方々ばかりが並んでいるはずはなく、むしろ最近の漫画家の中にこうした方々が見受けられるといった状況。

しかし「好きな漫画家は?」と突然問われて「白土三平」と答えるシブさには、打たれますね。そんなの不意に出てきませんもん。
一方「梶原一騎」と答える濃さには多少引きますね。
代表作は「巨人の星」に加え、「愛と誠」も掲載されています。うーん、愛と誠かー。


なお、田河水泡さんは、70代以上だけを見ると、手塚治虫さん、長谷川町子さんに次ぐ第3位に入っているとのこと。
これには「根強い」という言葉しか頭に浮かびません。
でも「のらくろ」ってマジで面白いんですよねー。うーん、異常に読みたくなってきました。




2000.10.27
 のらくろ


渋谷の本屋さん「Book1st」は、確か夜10時まで開いています。
前回の記事のとおり、"のらくろ"が脳内を独占中の私は、9時過ぎに仕事を切り上げ、のらくろを買い求めに行ってしまいました。

品揃えを誇るその本屋の5階に向かいましたら、なるほどマンガだけで相当の量です。
加えて古い名作の類のコーナーも特別に設けられており、これは来た甲斐がありました。
さっそく見てみますと、いろいろ陳列されています。ねじ式、鉄人、リボンの騎士・・・。

ところがどうしたことか、いくら探しても、のらくろが見当たりません。
閉店の時間も迫っていますし、店内には蛍の光が流れ始め、これはもうカウンターで店員さんに 聞くしかないのですが、考えてみると、今どき「のらくろ、ありますか?」と聞くのは結構照れますね。

そこでカウンター周辺からお客さんがいなくなるタイミングを見計らって店員に接触すべく、書棚の陰から 「巨人の星」の明子姉さんのようにカウンターを見つめる私。

しかしカウンターのお客さんは途絶えることなく、やむなく私は小声で店員さんに訊ねることに方針を変更しました。
「あの・・・、のらくろ、置いてますか?」
「のらくろですか。お待ち下さい。 高橋さーん、のらくろ、ありますか?」
この "高橋さーん" の "ー" が、私達と"高橋さん"との距離 及び 声のボリュームを表しています。

高橋さんは、大変聞き取りやすい声で語りかけながら近付いてきました。
「のらくろは今、全く出ていません。古本屋さんにしかないんです。」
「そ、そうですか。ありがとうございました。」
そんなわけで、わざわざ夜10時に書店で赤面しただけに終わり、のらくろは手に入りませんでした。
古本屋にしかないんですって。

ただ幸い私の職場は神保町へのアクセスが非常に良く、神田の古本屋街にはちょくちょく出かけます。今度は古本屋で探しましょう。




2000.10.30
 アジア・カップ決勝


明日早朝は、サッカー・アジアカップの決勝です。
こう見えて結構真面目な私は、月曜の朝2〜4時の生中継を見てしまうと今週の仕事がボロボロになるのではという思いから、 リアルタイム視聴を断念し、予約録画したものを早朝見る、という方式を採りました。

興奮してなかなか寝付けず、かえって寝ないで見ていた方が良いかも、と心が揺れた瞬間もありましたが、どうにか1時30分過ぎには1度寝たような気がします。
といっても眠りが浅くて何度も目を覚ましかけるのですが、ここで起きてしまっては断腸の思いで録画方式にして寝た意味がない、と無理に目を閉じる私。
その甲斐あって再び睡眠状態に入り、しかしやはり眠りが浅いので目を覚ましかけ・・・という、無意味な反復運動を飽きもせず続けておりました。

それを繰り返している内に少しずつ時間も経ち、とうとう5時くらいにはなったでしょうか。
浅い眠りではありましたが、どうやら初志は貫徹したという、まあまあの満足感と共に、今度は結果が気になり出します。

私はついにビデオを鑑賞するためムクムクと布団から這い出したのです。

と、ふとビデオ・デッキを見ると、ビデオ・テープがデッキのEJECT口から顔を出しています。
・・・・・ これはなぜ???

録画開始時にテープが排出されてしまう原因というと、ひとつしか思い浮かびません。
「まさか・・・。」
しかしEJECTされたビデオ・テープ背面の凹凸の感じから、遠目からも、明らかにテープの誤消去防止用の爪が折れていることがわかります。


私はなぜこんな肝心なときに守りに入ってビデオ録画などという方法を採ってしまったのでしょう。
8−1という大味の試合でさえリアルタイムで観戦し、ビデオも大切に録り続けたのに。
決勝という大舞台の日に1人でいろいろと盛り上がった挙げ句、こんなエラーを・・・。
私の脳裏に"オウン・ゴール"という言葉が浮かびました。

悲しい。同じオウン・ゴールでも日本対中国での中国DFのオウン・ゴールはもの凄い決定力で自陣ゴールに突き刺さり、見ている者を妙に納得させるものでしたが、 私のは初戦の森岡主将のヘディングによるトボけたオウン・ゴールのようなつまらないもので、余計に寂しくなります。