2000.11.2
 魅力爆発!放送博物館


長いこと気になっていたNHKの放送博物館を訪れました。
放送博物館というのは愛宕山にありまして、この場所・建物自体、非常に歴史的価値も高いようです。
パンフレットを見ますと・・・
NHKは1925(大正14)年3月22日、東京芝浦の仮放送所で放送を始め、その年の7月12日に愛宕山に建てられたJOAK東京放送局に移り本放送を開始しました。
放送博物館はこの東京放送局の建物をそのまま使って開館したとのこと。なるほど、なるほど。


そもそも愛宕山は「鉄道唱歌」の一番最初に歌われていることもあり、これも私を刺激する要因です。
 「汽笛一声新橋を はや我が汽車は離れたり 愛宕の山に入り残る 月を旅路の友として・・・」
何と風情のある歌詞なのでしょう。はじめて汽車に乗った人の嬉しい気持ちが分かるような気がしますね。

愛宕山は「山」と言いながら、高さはせいぜい丘という程度。
しかし、当時は新橋駅から月の入り残るのが見え、また日本で最初の放送局が建てられるほどですから、付近でも一番の高さだったのでしょう。


というわけで行ってきた愛宕山。
あたりは東京のど真ん中とは思えない奇妙なほどのどかな雰囲気で、人影もまばらです。駐車場には周辺の猫が10匹ほど集合しておりました。
再びパンフレットを見てみますと・・・

日本のテレビジョンの父といわれた高柳健次郎さんが、昭和の初め、実験に成功し、製作した日本で最初のテレビが復元して置かれています。
当時ブラウン管に写し出されたのと同じ『イ』の字が鮮やかに輝いています。

ラジオ放送開始のころ一般に普及していた「さぐり式鉱石ラジオ」、当時の最高級ラジオだった「6球スーパーへテロダイン」、2・26事件での「兵に告ぐ」の放送原稿、終戦の詔書を天皇みずから読み上げた「玉音放送」の録音盤、放送技術の進歩を物語るカメラや、マイク、昭和の初期から研究を始めていた珍しいテレビの数々など、実物だけが持つ時代性が迫ってきます。

いやー、実際迫ってきました。
放送、宇宙、電気・電波などは私の最もココロ惹かれる分野。

「アポロの月面着陸まで衛星放送は "宇宙放送" と呼ばれていました」 などという説明文に触れた日には、子供がカレーとハンバーグを両方食べたような興奮が湧き起こります。
もちろんここでカレーは"宇宙"、ハンバーグは"放送"です。




2000.11.3
 373型ダブルマイクロホン


わが国のラジオ第一声は、東京・芝浦の仮放送所から、この型のマイクで放送。振動板の中心部両側に取り付けられたカーボン粒の入ったカプセルから信号を取り出すマイクで、感度特性はかなり良好。
1925(大正14)年




2000.11.6
 さぐり式鉱石ラジオ


「さぐり式」とは鉱石の1番良く聞こえるところを探し出してきたことからの名称。しくみが簡単で値段も安く、放送開始のころは約70%がこの型のもの。
1925(大正14)年





2000.11.7
 サーカス物語・札幌公演


2000年冬「サーカス物語」札幌公演が無事終了しました。
4日間で1700人。足をお運び下さった大勢の皆さん、本当にありがとうございます。

いつものことながら、公演中はとても一言では言い表せないほど密度の濃い時間を過ごしました。
一緒に芝居をつくる仲間の顔ぶれも年々変わってきている中、特に今回は新しい出会いが多かったのですが、わずか3日間という 短い時間の中であるにもかかわらず、同じ喜びや達成感を共有できることは"ものづくり"の醍醐味です。

この芝居はこの後、月形町での巡業公演を残しているのですが、最後まで一緒に芝居をつくりたいという気持ちを しまい込んで、今日、飛行機で東京に帰ってきました。


ところで、そんな「終わっちゃったなー」という一抹の寂しさを感じながらJALの機内誌を 眺めていましたら、【竹中君が来る】という唐突なタイトルと忌野清志郎さんの写真、そして清志郎さんの 短い文章の載った見開きの広告が目に止まりました。

それはコニャックのヘネシーの広告で、色合い、レイアウトから字体に至るまで、何とも良い感じに仕上がって いて、その全体の雰囲気が伝えられないのが非常に残念なのですが、文章だけでも読んでもらおうと思って 珍しく機内誌を持ち帰ってきました。

竹中直人の誘いはことわれない。
あんなに元気に酒に誘うヤツは、どこにもいない。
あの誘いっぷりには覚えがあるぞ、と考えていたら、小さい頃、家の外から「遊びましょ」と叫んでいた近所の子どもを思い出した。
その声がかかると、俺はもう、いても立ってもいられなかったものだ。

竹中君はよくしゃべる。次から次へと映画の話をくり出してくる。楽しくて楽しくて仕方がない「男の子」がそこにいる。それは、昆虫や野球選手の ことを夢中で話していた子どもたちと、何にも変わらない。
もし違いがあるとしたら、今は、日が暮れるかわりに夜がふけ、なけなしの小遣いで買ったサイダーのかわりに、あの頃親父たちでさえ口にできなかったヘネシー が、かぐわしくふたりの前にあることである。
忌野清志郎

竹中直人さんや忌野清志郎さんのようなグレートな方々と自分をダブらせるなど恐れ多いにも程がありますが、それでも敢えて書かせていただくなら、 稽古をし、連日酒を飲み、ゲラゲラ笑って騒ぐ、芝居を通じたこの数日間がどことなく思い起こされ、この短い文章を何度も読み返していました。

お付き合いした皆さん、足を運んで下さった皆さん。ありがとうございました。またぜひ一緒にやりましょう。




2000.11.17
 動くクリスマス魚


最近クリスマスの頃になるとよく見かける、内蔵されたクリスマス・ソングのテープに合わせてサンタが踊るおもちゃ、わかります?
私はあれが気になって仕方ありません。
今日も東急ハンズで出くわしました。

それほど精密な装置でないことは、一見して明らかです。
しかし、曲のアクセントのタイミングに合わせて踊りが一瞬止まったりと、それなりに「おっ!」という小さな驚きがあり、「次のアクセントのタイミングまでもう1回り見てみようか・・・」という気持ちがいつしかループ化して離れられなくなるという、危険なシロモノです。

無論いつかはその場から立ち去らねばならないのですが、それだって正確に言えば、飽きたから離れるわけではありません。
これほど長時間このサンタの前に立って釘付けになっているのは、さすがに周囲から見ても怪しいのでは・・・という「大人の判断」があって仕方なく離れるのです。

ちなみにこの人形には色々とバリエーションがあるようで、昨年はただのクリスマスツリーだと思って眺めて いたら、不意に「メリー・クリスマース!」と大声で話しかけてきて、危うく失神しそうになりました。


なぜこんな話をしているかというと、私の帰宅途中に結構遅くまで営業している雑貨店があり、そこで夜だというのにクリスマスソングに合わせて動いている妙な物体を発見したからなのです。

「もしやあのサンタか!」と思って近づく私。
しかし、それはサンタでもクリスマスツリーでもなく、魚でした。
着飾った魚が尾ヒレの方をクリスマスソングにあわせてクネクネさせているのです。一体なぜ?

かなり急いでいたので、ゆっくり見る時間がありませんでしたが、あれほど意味不明なものを見たのも久しぶりかも、という妙な興奮があり、 今も気になって眠れません。
あれはゆっくり確認の必要があるようです。

 「続・クリスマス魚」へつづく↓



2000.11.20
 続・クリスマス魚


17日に御報告した「動くクリスマス魚」ですが、やはり気になるのは私だけではないようです。
昨晩は年輩の男性が、雨の中、傘をさしながら、じっとクリスマス魚の前から動けなくなっていました。

私自身、前回はこのクリスマス魚についての観察が不足したままの報告でしたが、その後バッチリと 目に焼き付けてきました。
というか、奇妙すぎて容易に焼き付くのです。


「クリスマス魚」の外観は、まな板のような額に横たわってそのまま壁に掛けられています。
従って一見 "魚拓"のような趣なのですが、クリスマスソングが始まると猛然と奇妙な動きを開始します。

具体的には "尾ヒレ"のほうを、リズムに乗せてパタパタと板に打ち付ける動き。
で、その動き自体が既に相当可笑しいのですが、見逃せないのが尾ヒレの位置に取り付けられたクリスマスツリー用の小さな鈴で、 これがリズムに合わせてチープな音でチンチンチンチン鳴っており、救いようのないバカバカしさを付け加えています。


あの手の商品というのは意外と量産されてたりしますから、既に全国の店頭に 並んでいるのかも知れません。
お出かけの際は、是非見つけだして注目してみて下さい。
もし買ったら来年貸して下さい。




2000.11.22
 受信!宇宙放送


私がシドニー・オリンピック最終日という全く的はずれな日にBSアンテナを購入したことは以前お伝えした通りです。

あれほど見たかったオリンピックが終わろうという日に何故そんな無益な衝動買いをしてしまったのか、というか、何故 その衝動はもう2週間早く起こらなかったのかと自分自身に一抹の怒りを禁じ得なかった私。
しかし、ならばBSアンテナ購入後は快適なBSライフを送っているかというと、実は全然送れませんでした。
それはBSチューナー内蔵の高性能だと 思いこんでいた私のテレビが実は普通の中性能のテレビだったという、絶望的に低レベルの思い違いをしていたことが原因です。

アンテナ購入当日、深夜にもかかわらず喜々としてベランダにそれを設置し、さあ接続しようとテレビの裏面を見て はじめて、このテレビにはそんな端子を受け付ける穴など何処にもないことを知ったのです。


これは私に相当な衝撃を与えました。
"放送"、"電子"、"宇宙"が好きなどと繰り返し発言し、NHK放送記念館までこの場で紹介しておきながら、自宅のテレビは確かめもせずにBSチューナー付きと思い込んで私は生きてきたのです。
その衝撃は昔風に言えば"メガトン級"で、私はケーブルの端子を右手に持ったまま無言でテレビの裏面を 眺め、しばらく動けませんでした。


しかし何と言っても当面重要な問題は、自宅のベランダに設置したBSアンテナが、受信もしていないのにニコニコ顔で宇宙方向を向いているという事実です。
早速NHKの方がそれを発見し、受信料を徴収にやって来るでしょう。
その際、この恥ずべき状況を説明する勇気があるでしょうか・・・。私はチューナーの購入を決意しました。

そんな訳で、ついに我が家に導入されたBSチューナー。
やっと映ったBSの画面を眺めながら、この自分の迂闊さはいい加減なんとかしなければと、苦々しい自省の念にかられたのです。




2000.11.24
 再び三陸へ行くの巻


明日は懐かしい三陸海岸宮古市でちょっとした講演の仕事があり、本日出かけます。
明日仕事なら明日行けばいいのでは?と思われる方もいるかもしれませんが、いけません。何しろ時間がかかるのです。


ではここで三陸海岸へ行く方法を復習しましょう。
JRなら盛岡、飛行機なら花巻空港へまず降り立ち、更に東向きに海岸目指して進みます。
バスなら"106急行"。これは国道106号を走るからですが、急行といっても特に速度を感じません。

1時間走ったところで"トイレ休憩"が5分あります。
ここで絶対に乗り遅れてはいけません。次の便はそう簡単にはやって来ないのです。そう思うと恐くて落ち着いてトイレにも入っていられませんね。


列車なら"JR山田線"です。
私は3年前、異動になって初めて三陸へと1人向かったのですが、"山田線"というネーミングには少なからず衝撃を覚えました。
さらにこの時は赴任の日だというのに山田線が "線路上の倒木"という衝撃のアクシデントにより走行不能となり、まだ見ぬ三陸への恐怖感が体内を満たして いったことを昨日のことのように覚えています。


その後、私が三陸地域の風土や人々に完全に魅了されてしまったことは、たびたびお伝えしているとおりです。
思いがけず再び訪れることができるのは本当に嬉しく、いろいろなことが次々と思い出されてきます。

電車にゴトゴト揺られながらゆっくり行ってきましょう。




2000.11.26
 無事三陸より帰るの巻


三陸はやっぱり素晴らしいところでした。
膨れ上がった私の想いをそのまま受け入れ迎えてくれたような気がします。

風景や気候はとても懐かしく、また一緒に仕事をした方々と、それはもう飲みました。

当時勤務していた建設省の事務所は大所帯で、特に20代の若手職員が非常に多く、かつ他に娯楽が少ないという 地域事情もあって、とにかくよく一緒に飲み歩いたものです。
毎晩遅くまで仕事をし、ようやく片付いてから決して広くない夜の街に突入して行くのですが、思えば金も体力も よく続いたもの。
一昨日は当時の若手の芸なども久しぶりに披露され、感慨深いものがありました(→)。

こうした光景はいかにも"土方の現場"的で、ある意味であの頃の日々を象徴していると言えます。
この日はこの出し物のために予め4枚の下着を仕込んでいた彼。1次会からさぞかし窮屈だっただろうと思うと胸が熱くなるのを禁じ得ません。

翌日は午後5時に宮古市内での講演を終え、駅へダッシュ!各種交通機関を乗り継いで、自宅に着いたのは0時前でした。
楽しかった。ありがとう、三陸の皆さん!




2000.1.28
 十五少年漂流記と海ガメ


「この絵はちょっとおかしい」。
札幌市厚別区の会社員桧山聡さん(43)の長男葉行君(5)が、絵本「十五少年漂流記」に描かれている海ガメの挿絵に「誤って陸ガメが描かれている」ことに気づいて出版社に連絡。
出版社側はこのほど重版する際、指摘された絵を差し替えることを決めた。

朝は出勤するとインターネットのニュース等をひととおり斜め読みしていますが、今朝のこの記事には心奪われ、縦横しっかりと読みました。
海ガメと陸ガメの違いなんて普段考えたこともありません。

指摘を受けたのは、十五少年が乗る小型船が流れ着いた島で、海ガメが陸に上がったまま動けなくなり、子供がカメの甲羅の上 で遊ぶ様子を描いた場面。
葉行君は「絵本の海ガメの挿絵にはつめが描かれているが、海ガメの前足はヒレ状。つめがあるのは陸ガメでは」と、出版社に 手紙で誤りを指摘した。
葉行君は通っている保育園の仲間と一緒におたる水族館に数回、出掛けたことがあり、海ガメの特徴を 覚えていた。
毎晩のように両親が絵本を読み聞かせるうちに葉行君が十一月初旬、誤りに気付いたという。

5歳の男の子の発言ですから 「つめがあるのは陸ガメでは」といった語尾にはならないと思いますが、それにしても 小樽水族館のあれだけ多くの水族の中で、海ガメの特徴をはっきり覚えているのですから大したモノです。
ともかく出版元の小学館は「絵本を重版する際に画家と相談し挿絵を改めたい」と、葉行君に礼状を 送ったとのこと。良かった良かった。


ところで話の次元は一気に下がりますが、「漂流教室」っていう漫画わかります? 楳図かずおの。
もう私は楳図かずおの漫画がダメで、子供の頃、とある漫画(確か"たまみ"とかいう異常に怖い少女が主人公のヤツ)を本当にウッカリ読んでしまって からというもの、しばらくの間寝られなくなったほどです。
私の少年時代の睡眠時間は、あの"たまみ"とかいうヤツのおかげで相当減っているのです。

私も小学生の時は読書好きで、図書館の本もずいぶん読んだつもりですが、この「十五少年漂流記」は「漂流教室」に何となく似てるような気がして 恐怖心によるブレーキがかかり、結局読まずに終わったのでした。