2001.7.1
 桜さん、上京す!


誕生日からひと月が経ち、今日、桜が東京にやって来ました。
東京に降りた途端に35度の猛暑が!
タクシーの運転手さんによると、今日はあまりの暑さで羽田空港の客待ちのタクシー運転手さんが既に2人ダウンし、2度とも救急車がかけつけたとのこと。
それはこれですごい話ですね・・・。

これだけ気温が違うとさすがに桜もいつもと様子が違うと分かるのか、好きなお風呂に入っている時間以外、全然おとなしくなりません。

ともかく新たに桜さんを加えた生活が始まりました。
ハシモトコウ・アワーにもたまに登場しますので、皆さんにもよろしくとのことです。




2001.7.3
 近所の犬


ハシモトコウ・アワーを始めたばかりの頃、室蘭市在住時代の近所の犬 "クマ公" のことを書いたことがありましたが、 実は東京に来た当初も、近所の通勤路の石材屋さんに1匹の犬が飼われていました。
結構大きな犬で、いつも玄関から出て歩道付近に座っていたのです。

ところが確か1年くらい前から、何かの病気にでもなったのか、毛が抜け、皮膚もただれたような感じになり、 同時にどんどん痩せていき、いつしか姿が見えなくなったのです。
最初は早く治ると良いのにくらいに思っていたのですが、以来、1年以上もが経ち、きっと死んでしまったんだろうなあ、 と、いつしか諦めていました。

ところが!
今日の帰宅時に、その石材屋の角の横断歩道を渡って前を通りかかってふと見ると、犬が昔のように歩道近くに 座っていたのです。すっかり元通りの姿で。
「治ったんだ!」
と、こういう時は本当に声というのは出るもので、思わず口をついて出ましたよ。
で、久しぶりにクマ公のことを思い出したりなどもしたのです。




2001.7.10
 妖怪に11の「新種」、絵巻で確認


◎7/10 朝日新聞
江戸時代の「化け物尽くし絵巻」が見つかり、これまで確認されていなかった妖怪(ようかい)が11種描かれていることが分かった。
「化け物尽くし絵巻」!!
これがどれほどの価値のあるものなのか、私には皆目見当がつきません。
しかしそれがどんなに歴史的発見だったとしても、掲載された左の写真によって、この記事を学術的に捉えようという関心は大幅に減じられたと言って良いでしょう。


写真に写るトボけた「新種」の面々は、記事によると、左が「蟹鬼(かにをに)」、真ん中が「波蛇(なみじや)」、右が「充面(じうめん)」というんですって。
しかし「じうめん」のようなオッサンなら、そこら中で見かけるような気がします。

絵巻は江戸時代後期、1800年前後のものらしく、妖怪コレクター(!)の湯本さん(51)が、描かれている計11の妖怪を分析したとのこと。
 いずれもどんな妖怪かは不明だ。 -記事より
・・・それは普通「分析した」とは言わないはず。しかし、そう言い切っているところに逆に迫力を感じます。

湯本さんは「妖怪の絵巻は信仰や研究体制の不備などから、公開が進んでいない。今回の妖怪の系譜や特徴なども資料が増えてくれば分かるはずです」と期待している。
うーん。 51歳で「妖怪コレクター」なる職業に就いていることは間違いなく尊敬に値するでしょう。
しかし、「妖怪の研究体制」を充実させるのは、さすがに今の我が国では難しいのでは、と思うのは私だけではないでしょう。




2001.7.13
 


先週、犬の話をしたところで、大学時代の住居「中山荘」の自室に犬が入ってきた時のことを思い出しましたので図解しましょう。
中山荘は札幌市北区北21条西2丁目にある、アパートです(図1)。



マウスによって見事に描画しましたので、もはや何の説明も必要ないと思われますが、 この日、私はバイトを追え、中山荘横の真っ暗な通路を歩いていました。

ウォークマンで何かを聞いていたこともあって、ここから先はあくまで想像ですが、 この時点で既に犬は私のすぐ後ろを共に歩いていたものと思われます。(図2)
私はそのまま階段下まで歩き、右折してさらに暗い階段をのぼりました。おそらく犬も続いて右折し、同じく階段を上ったと思われます。(図3)


そして鍵を開け、玄関に入って、後ろ手でドアを閉めようというその時!(左図)
この犬は巧みに玄関の中に移動したのです!

狭い玄関に、結構デカい犬と私が同時に立っていて、何故気付かなかったかは私自身も大変不思議です。

ここで犬がそのまま部屋にまで入ってきたとすると、これはもう大変なことでしたが、ここで犬は止まりました。
おそらく他人の家を訪問するときはまず玄関までと犬は考えていたからと思われます。


このまま疲れて寝床へ一直線、となっていたら、犬もひもじいまま玄関で一夜を明かしたことでしょう。
しかしこの内側のドアには上手いことに縦長のガラス部分があり、玄関側が一部見えるようになっています。


部屋の電気をつけ、振り返ったその時の私の驚いた事といったら、皆さんも想像に難くないでしょう。(右図)
「ウワーッッ!!」とか叫んだかは覚えていません。




2001.7.16
 ドック


「犬」に続いて「ドッグ」と洒落てみましたが、正確には「ドック」。
今日は生まれて初めての「人間ドック」の日だったのです。

今でこそチョー余裕でこれを書いている私ですが、昨晩までは未体験の「人間ドック」に対するかすかな恐怖心が消えず、桜が夜泣きしている訳でもないのに あまり寝つけませんでした。


「人間ドック」という言葉を最初に耳にしたのは多分小学生の頃だったと思うのですが、その奇妙な語感に幼い私は大いにおののいたものです。
に・ん・げ・ん・ドック・・・!!
何だかよく分かりませんが、きっと悪いものに違いありません。

人間とドックがどうなると言うのでしょう?いや、人間がドックにされるのでしょうか? ていうかドックって何なんでしょう。
具体的なイメージとしては、人間がカプセルに入れられ、その中で何らかの処置をされるというようなものを抱いており、 また当時読んでいた手塚治虫さんの「ブラック・ジャック」によって、そのカプセル内で行われるのであろう「処置」のイメージだけが勝手に膨らんでいきました。
恐ろしい人間ドック・・・。


しかし、今日、私は見事に人間ドックを制覇しました。
ここではまだ人間ドックを体験していない子供の皆さんのために、その一部を御紹介しましょう。

まず「バリウム」。
確かに気持ち悪いし、今も何だか具合が悪いのですが、やっぱり胃カメラを飲むことを思えば、格段に楽と言えましょう。
私の周囲では胃カメラとバリウム、どちらを選ぼうかということが以前話題にのぼっており、甲乙付けがたいほど両者苦しいのかと思っていましたが、苦しさだけを考えたら比較になりません。
一方、油断ならないのが「眼底検査」。検査用の機器に顔をあて、看護婦さんの言うとおりに目をキョロキョロさせていたら、突然フラッシュのような光を浴びせらて本当に驚きました。
ああいうだまし討ちのような手はいけません。

しかし何と言っても最大の難関は「エコー」で、くすぐったがり屋の私にあれは耐えられません。
検査機が腹の上をグニグニと動くというヤツ。
力を入れて必死に笑いを堪えようとする分、その反動で、つい出てしまう笑いは「グフフ」とかいう不気味なもので、 年輩の看護婦さんは相当ウケていましたが、あれは恥ずかしいものです。




2001.7.18
 政見放送


さて先日、人間ドックを受けるため指定の病院に行き、謎の衣服に着替えさせられて間抜けな格好で順番を待っていた私。

異常に手持ちぶさたである上、待合室に設置されたテレビからはNHKの平和な番組が放映されており、絶望的につまらない時間が流れていたのですが、 午前9時35分、参議院選挙の各党政見放送が始まった途端、心電図検査前だというのに私のハートは激しく鼓動を開始しました。

この政見放送、何が凄いといって、そのセット。驚きました。
中途半端な茶色か何かの単色の背景と、そこに掲げられた「○○党」というショボいプレートが、いきなり痛ましい雰囲気を醸し出しています。

そのプレートの前に立つ党首と進行役のために置かれた演壇が、これまた信じられないほど簡素で、どこかの中学校にでも外注したのではないかと思えるほど。
そんな悲しいセットの前で政治の話を真面目にしているあのワールドは、他の番組ではちょっと味わえません。
チープとかそういう世界を完全に突き抜けているのです。

選挙の時しか見られないのかと思うと、既に名残惜しい気持ちさえ湧いてきます。みんなも見よう、政見放送。




2001.7.26
 恵みの雨


昨日、雨が降りました。
「恵みの雨」という言葉がありますが、はじめてその意味が分かりました。

北国育ちの私にとって、晴れ間は何日続いたって、文字通り晴れ晴れと良い気持ちになるもの。
雨なんてものは、その「良い気分」を遮断する存在ではあっても、「恵み」などと感じたことなどありませんでした。

しかし狂ったような暑さが1ヶ月も続く中、いつしか私は「雨が降らないかなあ」という、これまで感じたこともない思いを抱くようになっていたのです。
この気持ちが「恵みの雨」という精神世界へとつながっているのですね。

そして事実、昨日の雨に私は歓喜しました!
仕事中でしたが、シャンプーを片手に外に出て、叫びながら洗髪したくなるような気分でした。

自分の役所の隣は外務省。
例の外務省不祥事の件で、連日マスコミの方々が外に張り付いている折、隣の建物から叫びながらシャンプーしている人間が飛び出してくれば、 それは驚いてTVカメラも一斉にこちらに向かおうというもの。

公務員不信の拡がる中で、実に人間的な出来事と報道されるか、いよいよ末期的な出来事と報道されるかは不明です。




2001.7.30
 「ダチョウにかける」

 JR北海道が、ダチョウの飼育に夢中だ。
標記の見出しと上の一文で始まる記事が、私の目に止まりました。

JRとダチョウ。しかも「夢中」。
瞬時に理解しがたい関係に関心も高まりますが、記事の内容は、JR北海道が函館の沿線に「ダチョウ牧場」なる新名所を 造ろうとしているというもの。
JRの本来業務とは余りにかけ離れたビジネス展開に、株主ならずとも緊張するニュースです。

すでにJR北海道では南アフリカから60羽の種鳥を輸入し、運転士や駅員らが専門家の指導を受けて飼育に挑んでいるとのこと。
電車の運転士といえば子供の頃の夢の職業の1つだったように思いますが、うっかりしているとダチョウの飼育係になる可能性もあるので注意が必要ですね。


ところでこの記事には、後半、少々気になることが。
 ただ、JRと生き物は相性が悪い。
・・・これは一体どういうことでしょう?
 JR各社は民営化後、車両基地や高架下などの有効利用策として、様々な飼育、養殖に挑んだ。
 しかし飼育の販路の見通しが甘く、計画通りに成功した例はほとんどない。
なるほど、人知れずそんなことに挑んでいたのですね。

例えば、JR東日本は新潟県の新幹線基地内でスッポンを育てた。
ごみ焼却熱による温水に目をつけた事業だったが、スッポンは半年足らずで共食いを始めて全滅した。
スッポンの救いようのない馬鹿さ加減。また投資した側からすればこれほど悲しいことはなかろうと想像されるものの、身も蓋もない記事の書きぶりに、私は涙を流して笑いました。

当然、今回のダチョウについてもJR他社から心配されているようですが、これに対するJR北海道のコメントがふるっています。
「飼育ノウハウは研究済み。ダチョウに限って失敗はない。」
「うちの子に限って」に代表される独善性をはるかに超越した「ダチョウに限って」という考え方に、私は感銘を受けました。
こうなったら私も応援します。
がんばれ、JR北海道!