2002.8.4
 桜、プールに行く


ムクムクと起床した私は、桜をプールに入れるため、区の児童館なる場所に向かいました。
ギーラギーラ太陽が照りつける中、ベビーカーに桜を搭載して児童館に行きましたら、グラウンドに大人のくるぶしくらいの深さしか水の張っていない ビニール製の特設プールが。
これは楽しそう!

更衣室にて、先日購入したビキニの水着を桜に着せる私。
実はその時点で既に薄々気付いていたのですが、プールで遊んでいる他の子供達の体を見て、桜の体型の特徴がハッキリと分かりました。
太すぎる!

特にビキニの上と下の間に挟まれた腹部の曲線。
それも丘のようななだらかな曲線では全然なく、ほとんど球に近い感じになっています。
直線と球との組み合わせという点では、フジテレビ本社のデザインをイメージしていただくと分かりやすいと思います。

普段他の子供と見比べる機会などあまりない私はその体型の違いに唸りました。
うーん・・・。
破壊力という点でまさしく"ダイナマイト"ですが、同じ爆発物の類でも、ここはその球形状に着目し "花火ボディ"と命名しましょう。




2002.8.10
 小青竜湯


無理がたたり、一昨日から鼻水病になってしまいました。
鼻水病とは鼻水が止まらない病気。それはツラく、悲しい・・・。

特に仕事への影響は甚大で、午後には一層ひどくなったため、仕方なく薬を投与することにしました。
鼻水止めの薬はコルゲン・ソフトカプセルを筆頭に、鼻水は止まっても同時に強烈に眠くなるものが多いため、 眠くなる成分の含まない薬をチョイスすることが肝要です。

しかし「眠くならない鼻水止めを下さい」と言って買ったはずの薬は、「眠くなる上に鼻水が止まらない」という恐ろしい代物でした。
これでは睡眠しながら脱水症状になってしまいます。

商品名は「小青竜湯」。竜のように激しく効くものと期待されましたが、所詮小さく青い竜。
そこに気付かなかったのは迂闊でした。




2002.8.11
 マーチンD−28号機


私が愛用する同い年の1964年生まれのギター、マーチンD−28号機。
これが昨日、長女・桜の体重の乗ったボディ・プレスによって一部破壊されました。

グシャグシャになったわけではないのですが、側面の部分にヒビが入って中の空洞部分が見えており、 慌てて弦をゆるめて整形して何とか外見上は復元しました。
何気なくギターと戯れていただけだと思っていたのですが、やはりあの体重を甘く見ていたようです。

実は来週から札幌〜箱根と続くブルーグラス・フェスへ参加しようと、ギターを拭いたり弦を張替えたりなど地味なコンディション作りを楽しんでいた私ですが、 「そんな小さなコトにこだわるな」 と父に身をもって教えるかのような、子のボディ・プレス。

目が覚めた私は、このヒビ割れギターで活躍することを誓いつつも、もっと別の方法で教えてくれと涙したのです。




2002.8.14
 ギターの刻印


最近の私のギターは受難続きで、実は先のライブでも、演奏中に倒れてきたシンバルの下敷きとなって、先日御紹介したマルハ・ギター>> が再び負傷しました。
結構洒落にならない損傷なのですが、元々洒落にならない程変型しているギターなので今ひとつ傷も目立たないので不思議です。

このように私のマルハギターは様々な特徴を持つ名器なのですが、せっかくですから本日は、そもそもこのマルハギターのボディに購入当時から刻み込まれていた 謎の文字のことを御紹介しましょう。

*

この刻字、購入直後はただの傷だと思っていたのですが、しばらく弾いているうちに「どうも文字ではないだろうか?」ということに気付きました。
刻まれているのは合計で5文字のよう。えーと、なになに・・・。

最初の文字から非常に解読しにくいのですが、多分平仮名で「ず」と書いてあるようです。
 「ず」 か・・・。
次の字は、「う」に見えます。
 「う」 ね・・・。
さらに次を見ると「と」
取り敢えずここまでを続けると「ず・う・と」。
「まさか」という思い(不安)がこの時最初によぎりました。

心を落ち着けてさらに隣の字を確かめる私。しかしその字は明らかに「る」となっています。
もはや完全に観念して確かめた5文字目には、やはり「び」と刻まれていました。

「ずうとるび」・・・。
ずうとるびを知らない世代の方々には一体何を例えに説明したら良いのかさえ全く考えが浮かびません。
しかし、恐れ多くも「ビートルズ」の名前をもじった謎のアイドルグループが、かつてこの日本の歌謡界に存在していたのです。
私はこの文字の解読を終え、しばし放心しました。

ギター弾きなら誰しも、自分のアイドルミュージシャンのサインや名前を刻んだギターでステージに立ってみたいと思うもの。
しかし現実には、不本意にも程がある想いで「ずうとるび」と刻まれたギターでステージに立つ自分がいるのです。




2002.8.22
 札幌にて


今日は母が亡くなった日です。
昨晩は実家にて、ちょうど1年前と同じように、家族みんなで飲みました。

この帰省の間に、桜が立ちました。
両足を踏みしめてヨロヨロしながら立った後、嬉しそうに手を叩いています。
それを飽きるまで何度も繰り返します。

母にも見せてあげたかったなあという気持ちと、母に見せるために立ったのかもという気持ちと、何だかいろいろと入り混じります。




2002.8.29
 Closing コンカリーニョ


8月24日、琴似駅横倉庫・コンカリーニョの「Closing Party」がありました。いよいよ立ち退きとなり、取り壊しとなるのです。

別件があってゆっくりできませんでしたが、それでも少しだけこの「Closing Party」に立ち寄ることができました。
ずっといて酒なんかも回ってくると、あり余る思い入れが溢れ出てしんみりもするのでしょうから、途中まで、というのがかえって良かったように思います。

1曲やれと言われ、ギターを弾いて歌いました。
雰囲気を壊してはと、最初は珍しく強硬に拒みましたが、今から思えば、最後にギターを弾き歌えたこともまた良かったと思っています。

「琴似にやってきてからもう15年」。
大阪の古いブルースが元歌で、昔から都度適当に歌詞を乗せてはずーっと歌っている曲です。


   琴似にやってきてから もう1年
   新川の稽古場追われて 来たけれど
   真冬の倉庫の 寒さには ホントに凍えるばかり

   ああ それでも見上げれば
   石の壁 高い屋根 広い床
   ここでずっと お芝居なんて やっていけるかなと夢見たり

   琴似にやってきてから もう3年
   はなれのトイレは暗くて怖いけど
   灯りを吊って 床を張って 芝居小屋へと育つのさ


   琴似にやってきてから もう5年
   駅前の街にも 懐かしさ覚え
   馴染みの店も2軒や3軒 あるもんなんだ いいもんだ

   琴似にやってきてから もう10年
   仲間も 芝居も 少しは 変わったけど
   馴染みの倉庫 ここだけは 変わらないもんだと思ってた


   琴似にやってきてから もう15年
   気がつけば さようなら 石の壁
   どんな街になってくだろ 楽しいこともまたできるかな