2005.11.5
 「くすぐったい」という感覚

私は極端なくすぐったがりです。

学校の授業中、先生の目を盗んで手紙類が教室内で回覧されることがあったりしますよね。
高校時代のある日、回ってきた紙を見ると「幸の寝方」というタイトルで、概ね右のような絵が添付されていました。
片方の手をお腹の上に乗せ、もう片方の手は首のところを押さえています。

先に私から説明すると、その目的は、布団の生地とお腹・首との直接接触を回避させるためです。

要は、積極的に他人にくすぐられる場合だけでなく、そういうものが触れても、場合によってはくすぐったいのです。
で、何かの拍子にこのことを口の軽いヤツにうっかり話した途端、情報が流出し、このような紙がクラス中に出回ることになったわけです。


私のくすぐったがりは、これまでも日常生活に深刻な影響を及ぼしてきました。
マフラーをようやく着用できるようになったのは高3の冬。タートルネックが着られるようになったのなんて就職後、要は最近です。

先日受けた人間ドックなどの場合も、何が嫌といってバリウムでも胃カメラでもなく、あのお腹の上をツルツルと走りながら検査する「エコー」。
あれなど、くすぐったいことに耐えるべく全身に異様に力が入っているため、それだけで何らかの異常が出るのではないかと思うほどです。


で何故こんな話を書いているかというと、桜と伶が、揃いも揃ってその点が似てきており、心配になってきたから。
特に桜は、お風呂で体を洗っていて、私の手が首の方に上がって行くに従い、できもしない背伸びをしながら反り返って行き、 不自然にも程がある体勢を取っています。
要は私の手が首に接近することを必死で避けようとしているのですね。

風呂に入るたびに格闘している私と桜。
効率が悪くてしょうがありません。

「くすぐったい」という感覚って、まさか遺伝なんですかね?
そんな遺伝子、あるのでしょうか・・・。




2005.11.13
 マレーシア

今週末、とある縁で、マレーシア大使館にいる知人を訪ねてクアラルンプールを訪問する予定です。

マレーシアというと、社会科の時間に習ったゴムのプランテーション、またサッカー好きの私としてはジョホールバルくらいは浮かぶものの、 恥ずかしながら知識はほぼゼロと言い切れます。

かと言って全てにおいてギリギリにならなければ準備しない怠惰な私は、直前のこの土日を集中学習の日と決めていたのですが、 図ったように桜が突然発熱し、その救急病院対応等でラスト48時間は消えて行ったのでした。Oh, my God!!

いや、いけません。こんなところで英語を使っている場合ではないのです。
せめて一言一言マレー語で言わなくては!

そこでマレー語で「oh,my god」に相当すると思われる言葉を調べましたら(というかこの調査自体が殆どムダなのですが)、「alamak(アラマッ)」という言葉と分かりました。
あらまっ!ですか。
・・・なんというか、日本語としても十分感情移入できる言葉ですね。これは便利。
何か困難なことに出くわしたら「あらまっ!」と言っていれば何とかなるかもしれませんよ、これは。


さあ。 もうこれ以上マレー語を学習しては、かえって不安になるだけです。
「この alamak と適当な英語だけで何とか乗り切ることにしよう・・・。」
そう誓って、問題先送り型の睡眠に入ることにした私です。




2005.11.16
 升亀

この写真は東京・新橋にある「升亀」というお店の内部の様子。
先週、京都にお住いのエックス団幹部から突然送付がありました。

霞ヶ関勤務の頃、毎度毎度仕事が深夜に及び、もうこれ以上やってもしょうがないという雰囲気になった後、「仕上げ」と位置付け立ち寄った居酒屋さんです。
 「軽くですよね?」
 「軽くだよ。」
 「そう、軽く軽く。」
と不自然に「軽く」という言葉を強調しながら入店します。

店内は広いように見えますが、だいたい0時前後ですから大抵の場合 他に客もありません。
定位置化した手前のテーブルに4〜5人が座り、冷やしトマト、味噌キャベツ、塩辛など、毎晩決まった(というより決まり過ぎた)商品を注文します。
お酒はビール→焼酎→日本酒へと、こちらも毎晩同じ段取りで進むのです。

じきに「軽く」という言葉は意味のない"合いの手"のような記号と化し、ふと隣を見ると年長のA企画官やN企画官が既に落ちていたりします。
 「そろそろ行きますか。」
 「そうだねー。」
 「もう、軽くって言ったのに。」
と、突っ込む気も起きないようなトークで解散するのです。

もちろん翌朝も普通に朝から仕事ですから体に与えるダメージは相当なのですが、業務の厳しさによる精神的ダメージが回復され、 後者のメリットが前者のデメリットを上回るため、結局毎晩こうなるのですね。


なお当店の支払いはまとめて毎月の給料日精算としていたため、ちょうど今日=16日の午前中はいつも 「今月は大変な額に達しているのでは・・・」という胸騒ぎと自省の念の中、 精算額の通知を待っていたものでした。




2005.11.23
 Alamak!

賢明な当アワー読者の皆様は、もうこの表題のマレー語の意味を御存知ですね。

マレーシア渡航に際し、不謹慎にもこの一言しかマレー語を習得していかなかった私。
そんな私への戒めなのか、実際に私のマレーシア旅行はこのAlamak=Oh My Godを使用する機会のみが不自然に多い、「the Alamak Tour」となりました。


マレーシアという国について少し記述しましょう。

まず気候ですが、「熱帯性気候」です。「ねったい」です。
マレーシアに発つ日の私の朝は、雪の中、車のフロントガラスの氷をガリガリと削って落とす作業から始まったというのに・・・。

次に首都ですが、クアラ・ルンプール(KL)です。
ガイドブックによると、意味はマレーシア語で「泥の川の合流地」。
泥の川?Muddy waters!何とブルース・フレーバー溢れる首都名でしょう。 しかも単にmuddy watersではありません。その合流地というのですから正しく「bluesサミット」と呼んで良いでしょう。
その街で生活し訪れるのはマレー人、中国人、西洋人、イスラム人・・・と、人類の万国博覧会場のような様相。

そして御存知の方も多いかと思いますが、そのKLはこの10年の間に恐るべきペースで近代化を遂げており、 人種のスクランブルとも相俟って、その活力というか活気はとても他の街で例えることができないような 圧倒的なものを感じます。


で「alamak道中」ですが、主役は4歳の桜で、KL到着直後より発熱を開始。
一気に40℃まで達して下がらなかったため、滞在中の予定は初日から大幅な修正を余儀なくされ、 大使館勤務の知人の奥様・由美子さんに紹介して頂き、現地の病院へ。
解熱剤等の薬品の処方と、応急的な処置をして頂きました。
これで桜がどんなに楽になったかは言うまでもありませんが、由美子さんがいなかったらどうなっていたかと想像すると、冗談抜きにゾッとするものがあります。

途中経過を大幅に省略しますが、結局桜は帰国してすぐ入院となりました。
実は私も今、隣で桜が寝る病室で看病しながらこれを書いています。

*

そんなわけで、要は今回の旅は、旅行ガイドブックに掲載されている「旅のトラブル」の王道のような旅だったのですが、 では今イチな旅だったかというととんでもない。
桜の体の状態とも相談しながら由美子さんに超効率的に案内して頂いた街は、一つ一つが心に残りました。

そしてもう一つ、ホテルの部屋からの街の眺め。
看病のために部屋で過ごさざるを得ない時間もそれなりに長かったのですが、ある街を定点から断続的とはいえ2日間眺めることが、私にとって非常に新鮮でした。

ホテルの窓から見渡すKLの中心部を構成するものは、林立する高層建築、わずかに残った低層の未開発地、そして今まさに建設中のビルの数々という3つ。
そして建設中のビルは、夜9時になっても10時になってもタワークレーンは動き続け、現場の灯りも消えません。

良いか悪いかは別として、この眼下の光景は、類のないスピードで急速に近代化していく街の瞬間断面なのでしょう。

*

桜はようやく少しだけ熱が下がってきて、気のせいか少し元気になったように思います。
1歳の伶を抱えての出勤も一瞬覚悟した私ですが、色々な方の協力でどうにかなっています。
今日はこれから長男・伶と2人でご飯を食べて、お風呂に入って睡眠です。

決して望む事態でなかったことは言うまでもないものの、結果的に色々な体験をさせてくれたマレーシア。
ここで私はようやく2つ目のマレー語を覚える気になりました。
Terima kasih, Malaysia! ありがとうマレーシア!




2005.11.29
 桜の入院

昨晩もまた看病のため病室に宿泊した私ですが、ひどく疲れているはずなのに全然眠れません。これは困りました。
隣では桜が、これまた羨ましいくらいにスヤスヤ寝ています。

消灯の9時からもうずいぶん経ち、日付も代わりました。
1時、2時・・・、そして3時。
これはもう限界です!飲まなければとても眠れません。


場所は札幌市内の国立病院なのですが、どういうわけか周囲にコンビニ等がなく、結構不便な立地。
しかし昨日車で来る途中、少し離れたセイコーマート(←札幌ではおなじみのコンビニ)に24時間と書かれていたことを思い出しました。
少し遠いものの、酒を入手するためにはやむを得ません。私はコートを着込み、巧みに病室から抜け出しました。
外は風が強く、寒いのなんのって、危険なほどです。

逆風の中、とぼとぼとセイコーマートに向けて歩き出した私。
ところが確かこの角を曲がったところだったと思って右折しましたら、あるはずの灯りがありません。
???
暗闇の中、確かにセイコーマートらしき建物は確認できるのですが・・・
さらに近付いて見ると、「7時〜24時」という営業時間の表記が。

・・・なるほど。
私はこの「24時」という文字を、「24時間」と勝手に思いこんでしまっていたのですね・・・。
寒風の中、灯りの消えたコンビニの前になぜか立っている私。
開店を待っている人にも見えませんし、だいたいそんな時間ではありません。

絶望しながら周囲を見渡すと、さらにかなり先に「セブンイレブン」の灯りが見えます。
ここから病院に引き返すよりもさらに距離がありますが、私の心は決まっています。直進あるのみです。

結局私は八甲田山のようにセブンイレブンに向かって進軍し、100円のミニ缶ビールと、ハーフボトルの赤ワイン、そして小さなチーズを1個購入しました。


病室で飲むわけにいきませんから、病院に戻るまでの道中、飲みながら歩くわけですが、この極寒の中、苦労して入手した酒の上手いことと言ったら!
早く回復しないかなあと言う思いとも相俟って、一口目など本当に泣けてきました。

ちなみにハーフボトルを全部飲むつもりは全くなく、たまたま最も小さいサイズがそれだから購入しただけだったのですが、セブンイレブン−病院間の距離を 勘案することを忘れていました。
歩けど歩けど着かない間、ハイペース&上機嫌で飲んでいるために相当な量を摂取してしまい、病室到着後に直ちに眠ることはできましたが、翌日にもまた結構影響しました。




2005.11.29
 桜の退院

月曜日の今日、検査をしましたら、完治はしていないものの血液中の関連数値はかなり回復したこと、熱が下がったこと、そのおかげで本人がいたって元気なこと等から、 晴れて退院となりました。
幼稚園はしばらくお休みし、通院の日が続きます。

今週末は幼稚園の学芸会のようなものがあるらしく、確か桜はみかんの役だと言ってたように記憶しています。
一体みかんの役がどんな役なのか、想像すらできませんが、退院おめでとう!