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2009.11.14


改めて書くまでもなく、「時間」というのは不思議なものです。
刻むスピードが常に同じであること自体が信じられないくらい、気分・忙しさ・体調・・・等々によって「体感速度」が異なるものですね。

しかしそうだったとしても、清水さんが亡くなって、「お別れの会」のために札幌に戻ったのが2週間前、という事実には呆然とせざるを得ません。
3ヶ月とは言わないまでも、少なくとも1〜2ヶ月は前の出来事のように、本当に感じられるます。
気持ちも体も重く、恐ろしく疲れました。


この間、私などに対しても、いろいろとお気遣いのお手紙やメールを頂きました。ありがとうございます。
お気遣いの言葉と併せて数多く頂いたのが、次回の新春アワーに関するお問い合わせでした。
と言っても私に結論を急がせるようなお便りは一つもなく、むしろ落ち着いてからゆっくり決めれば良いという内容の、どこまでも優しいお便り達でありました。


そう、新春アワー。
御予約頂いた多くの方々に失礼を承知で書けば、このタイミングでライブをやる気などになるはずもなく、葬儀から東京に戻ったら急いで中止の告知を出させて頂くつもりでおりました。

が。
葬儀でご遺族や多くのご友人の方々にお会いし、図らずも久しぶりに再会した昔からの音楽仲間とも短いながら言葉を交わし−
そうした事柄を経て、少し自分の気持ちが変わりました。

途中経過を大幅に省略して、今は、いつもと同じように仲間と一緒に音楽をやり、仲間と一緒に音楽で清水さんを送ってやりたいという気持ちになっています。
ピアノの南山雅樹も、ドラムの竹村一哲も(気が付けば2人とも今や札幌のジャズシーンの重要人物です)、その他の関係者も、みな再び集まってきました。
勿論、玉川健一郎、広瀬いずみ、岸本佳久・・・といったいつもの腕利きも一緒です。

清水さんの高校時代の友人・松下さんが「穂高は知り合いでもない人同士を友達にするんですよ」と仰っていましたが、ホントにそう。
ましてミュージシャン同士なら、時間を超えて、簡単につないでしまうことでしょう。



一つ、自分なりに付けなければと決めている「けじめ」のようなものがありまして、それをキッチリ経ましたら、再度告知させて頂きます。
それが明ければ新春は、関わりのあるミュージシャン達が総出で、特別編としてお送りさせて頂きたいと思っています。