2011.1.3
 お正月


あけましておめでとうございます。
お正月、いかがお過ごしでしたでしょうか。

サッカーの天皇杯決勝や箱根駅伝の往路復路を御覧になった方はお分かりの通り、東京は本当に穏やかな天気のお正月でした。
聞くと札幌も良い天気だったようですが、一方で山陰の方面は大変でしたね。。
住所を存じ上げずに年賀状をお出しできていない方もたくさんいらっしゃいます。この場を借りまして、今年も宜しくお願い致します。

今年は新春のライブも、5年振りにお休みしました。
自分の下手な演奏はともかくとして、正月に300人以上の方にお会いして一緒に飲めるという点では自分にとっての新年会のような行事でもありましたので、その点では残念であります。
再開の暁にはまた是非お越し下さい。


その代わりと言っては何ですが、お芝居のお知らせをさせていただきます。
私どもNPO法人コンカリーニョが2006年から開催しております、「故きを温ねて新しきを知る音楽劇」シリーズ。
劇場のある札幌市西区の琴似・八軒地域の過去の歴史を素材に台本を書き、西区にお住いの一般の方々を中心に役者を募りってお芝居を作ります。
NPO法人コンカリーニョは1年ほど前、北海道庁さんから「北海道文化選奨」という賞をいただいているのですが、こうした地域とのコミュニケーション活動も評価の対象になったものと勝手に思っています。

今年も小学生から70代まで、20名以上の役者が集まりました。
今年のテーマは明治時代に走ったという、札幌・小樽間の機関車。
そして脚本は札幌気鋭の演劇人・菅野公です。

演劇をあまり御覧にならない方には今いちピンと来ない話かと思いますが、札幌には20〜30代の優秀な若手演劇人がひしめいていて、 若い頃、小劇場ブームなるものに乗ってそれなりに偉そうに芝居をやっていた自分達が恥ずかしくなるくらい、良い芝居を打っています。
菅野君はその代表格の一人。私は彼の芝居の世界の強力に好きで、ラフさ・バカバカしさを絶妙に交えつつも何だかんだ言って随所にグッと来るという、何だか全く説明になっていませんが、とにかく良い脚本家であり演出家です。


と大変良い台本を書くのですが、今回は菅野君自身の公演が重なっていたこともあり、執筆が遅れ、演出の斉藤千鶴氏からの督促メールが砲弾のように飛び交っておりました。

私は私で「菅野君も大変そうだなー」などと思いつつ、ここまで台本が遅れた以上は劇中歌もせいぜい数行のワンポイント的なものだろうと完全に油断していたところ、年の瀬になっていきなりメインテーマと挿入歌が、いずれも数百字という大作で送られてきて、一気に師走の二乗という状況に追い込まれました。
おかげでこの年末年始の私の睡眠時間は、毎日2〜3時間。勿論お酒を飲み過ぎていることによる作業効率の低下も一因ですが。
やはり油断はいつだって禁物ですね。

公演は2月12日(土)、13日(日)。
追って、「旗ヲ出スベカラズ」プロモーション音楽のコーナーを設置させていただきますが、皆様、是非お越し下さいませ。




2011.1.9
 吉祥寺の街


とあるミュージシャンの方のレコーディングのお手伝いで、ギターを抱えて吉祥寺のスタジオにやって来ました。
「東京ウォーカー」が毎年やってる「住みたい街ランキング」では、常に1位の吉祥寺。

私、吉祥寺には思い出がありまして、あれはまだ自分が大学生の頃のことですからもう20年前。


とある札幌市内のロックバンドが、CD発売の記念ライブか何かのイベントで、東京でライブをやることに。
ところが、ギター弾きが今ひとつバンドとフィットしなかったようで、直前だというのにクビに!
交代メンバーの当てがあるかと言えば全くそうではなかったようで (なのにクビにしちゃうのが凄いと思うのですが・・)、色々な人を経由して、見ず知らずのこの私にヘルプの依頼があったのでした。

私にしてみれば一体何のことやら事情が分からないまま、安アパートの自分の部屋で、大変ファッショナブルなバンドメンバーの皆様に囲まれています(私は確かどてら姿)。
お断りする理由がないというより、お断りできる状況になく、結局短い期間で曲を覚えて上京。
右も左も分からぬまま吉祥寺の街に来て、演奏したのでした。


ライブをやったのは「シルバーエレファント」という有名なライブハウスで、勿論現在もあります。
終了後の打ち上げは、札幌から来たというのになぜか「つぼ八」で、確認してみたらそれも変わらずありました。

一方、自分自身のことに目を移すと、あの日と同じなのはギター持って歩いているという、ただその1点だけ。
当時はまさか仕事の関係で東京に住むなんて想像だにしていなかったわけで、人生一体どこでどうなるか分からないものだと、本当につくづく思いました。


それにしても、さすがは住みたい街ランキング1位を常に譲らぬ吉祥寺。渋い魅力と新しい魅力が混在して溢れ過ぎています。
レコーディングを終えて打ち上げとなり、一瞬つぼ八にも行きかけたのですが、こだわる理由もまるでないことに気付きやめました。
狭い路地や横町の店を巡っているだけで楽しくなります。
古ーい焼鳥屋に入り、ひどく満足しながら飲みました。


ところで「住みたい街ランキング」のページを見ていましたら、住みたい街ランキングとは別に、「住んで良かった街ランキング」なるものがあり、ここに赤羽が堂々の4位にランクイン。
東京ウォーカーからも大いに注目されていました。

確かに「住みたい街」は、吉祥寺、自由が丘、恵比寿、中目黒、目黒、渋谷、代官山・・・といったおしゃれな街。
しかし実際に住んで良かった街となると、吉祥寺、中野、池袋と続いた後、「住みたい街」のランク外から突然、赤羽が!

うーん、味わい深すぎる街だとは思っていましたが、やはり相当に侮れぬ街であると再確認しました。
是非一緒に飲みましょう。




2011.1.16
 オホーツク


先週は「吉祥寺」だったのに今週は「オホーツク」。
打って変わって郷土色が濃くなりましたが、やはり東京人は仮の姿であり、あくまでも私は北海道人であることが分かりますね。
と、年度末の人事異動に向け、北海道に対する想いのアピールに励む私です。

勿論そうした私的なたくらみとはまるで関係のない公務出張で、今回は紋別〜遠軽方面。
寒いのなんのって、あやうく北海道への想いまでどこかへ吹っ飛んでしまうところでした。


ところでオホーツクに行く前日の14日、またしても内閣改造があり、大臣もまた代わりました。
自分が一昨年の4月に東京に来てから数えただけでも、もう4人目です。
一般的に、2年で4回社長が変わる会社って、どうなんでしょう。
ともかくまた気持ちを奮い立たせて頑張ります。




2011.1.25
 芝居の稽古


所用で札幌に行く機会があり、こいつを利用しまして来月開演の芝居の稽古に行くことができました。

金や単位数は足りなくとも時間だけは無限にあった学生時代は、芝居たるもの(私の場合は舞台の音楽ですが)、毎日の稽古に役者と一緒にドップリ関わってこそ作れるものなどと、たいそう生意気なことを思っていたのですが。
今や全くままならず、まして東京なんぞに来てしまうと1回稽古に行けるか行けないかという惨状です。

そんな堕落した自分がかろうじて舞台音楽制作を続けていられるのは、まさに文明のおかげ。
何と言っても昔と劇的に異なるのは通信環境で、メールによる細かなやり取りは勿論、作成した音源や現地の稽古の映像などもファイルで受発信できるなんて昔じゃ考えられません。
昔なんてFAXが動くのを眺めているだけで興奮していたというのに。

ともかくこうした文明の利器により東京・札幌間の超遠投キャッチボールが可能となり、おかげで恐らく今回も唯一の機会であろう歌の集中稽古も成功裏に終了しました。
勿論、稽古終了後は激しく飲んで、大変有意義な週末でした。
それにしても改めて思いましたが、あの寒すぎる札幌の夜空の下を飲み歩く感じ、やっぱり良すぎますね。




2011.1.30
 迷惑メール


ある程度同じような状況な方も多いかと思いますが、パソコンにも携帯にも、連日異様な量の迷惑メールが着信します。
勿論、それなりのブロックもかけているのですがさして効果もなく、やり場のない怒りとはまさにこのことなのですが、昨日、受信ボックスを整理しようと「迷惑メールフォルダ」を開いてみましたら、 そこには何百通の迷惑メールのタイトルがダーッと羅列されていて、恐ろしいほど見応えがありました。

私の本棚には70年代の日活ロマンポルノの記録なる書籍がありまして、いえ、それは勿論我が国の70年代カルチャーの勉強用としてですよ、で、イメージ的にはその目次を総覧しているような特殊な日本語がスキマ無く並んでいます。

ただ、その特殊な(有り体に言えばエッチな)日本語も、わび・さびや深みという点では全く異なり、現代の迷惑メールは表現があまりに直接的過ぎて、やはり70年代の日活のそれの魅力とは比較になりません。


というわけで、本日は現代と70年代サブカルチャーのクロスカップリング(←誤用)という興味深い素材について当アワーで掘り下げようと勢い込んでいたのですが、
"わび・さび・深み"と言ったって、迷惑メールのタイトル&日活映画タイトル共に、ホームページ上に掲載するには不適切という点で特段変わらず、発展させようのない話題であることに気づきした。
というわけで、無念ですが、本日の話題を終わります。