2014.4.1 川崎にて

川崎のシブいホテルです。
明日くらいまで宿舎に入居できず、それまで外泊(?)しなければならないのですが、例によってボヤボヤしているうちに都内のビジネスホテルは全て満室で、このシブいホテルの1室で、なぜか買ってしまったカルビーのポテトチップスを食べながらビールを飲んでいます。

ちょうど24時間前、私はシーニックバイウェイ関係+異業種の皆様が入り混じった形で行って下さった壮行会の最中におりました。
日付変更線も大幅に超えて一体何時まで飲んでいたのかの記憶も曖昧ですが、私に内緒で声掛けをして下さった上司の和泉晶裕さん、これでもかと趣向を凝らして下さったシーニックバイウェイ支援センターの皆さん、そして3月31日という暇な人などいるはずもない日に無理に時間を割いて駆けつけて下さった大勢の皆さん、本当にありがとうございました。
写真はご参加の皆様のメッセージ付きポラロイド写真ですが、名簿業者に横流ししたら高額取引確実という顔触れで、コワいのでボカして撮りました。

別れというのはいくつになってもやっぱり寂しいものなので、昨日の昨日まで特段の感情が湧かないよう結構コントロールしてきたつもりなのですが、おかげで台無しです。
しかもしつこいようですが、感傷的になるにはもってこいのこの川崎のシブいホテル。

ただ幸いなことに、私の横には昨日いただいた、微妙に妖怪風味の私の似顔絵がプリントされたTシャツが寝そべっており、そいつがこっちを見ながら絶妙に私に笑いを仕掛けてくるので、こいつには結構救われています。
ちなみに描いて下さった新森紀子さんは、似顔絵を描かせたら絶妙に特徴を掴みつつ味のある絵を描くという才能豊かな方なのですが、その画伯が「どう描いてもこんな感じになってしまう」と苦しまれていたという話もあるようですので、即ち私はガッツ星人(頭がデカい)・ハシビロコウ(口がデカい)に加えて妖怪顔だということが分かりました。

というわけで、離札&上京のご挨拶まで。
皆様引き続きよろしくお願いいたします。




2014.4.6 太子堂にて

学生時代に一人暮らしを始めた日、部屋には冗談のように何もなく、段ボールの上にお酒を置いて一人で飲んだ時のことは今も忘れません。
あれからちょうど30年。再び単身暮らしとなり、あらかた引越作業を終えて今、同じように段ボール上に宴席をセットしました。
えびせんは日用品を買いに行った100円ショップに売っていたので今日の肴に決定しました。シーフードです。

当時と違うのはベッドが導入されていること。さすが社会人ですね。
時計は寝ているうちに顔面に倒れてきそうなので、移設を検討中です。
机や椅子もそのうち買おうと思うのですが、しばらくはこの感じが良いのです。

当時、近くのゴミ置き場に、むかし銭湯に良くあった10円入れて動く肩もみ機(おにぎりみたいな揉むヤツが二つ、レールに沿って上下する機械)が何故か捨てられており、後輩総出で手伝ってもらって(←異様に重い)部屋に運び込んだことをついでに思い出しました。
必要なものが無い上に無用なものがある光景の典型でしたが、あの頃私は疲れた時に自分で10円を入れて肩を揉んでいたのでした。

ともかく私の太子堂生活はスタートしました。
本屋か?とか薬屋か?と冷やかされる太子堂ですが、相当魅力的な地域です。
その魅力については追ってまた。




2014.4.7 太子号

さて先週末に部屋の基地化を進めた私は、基地完成後、次なる行動として移動用マシンの調達に着手しました。

私のマシンといえば、10年前に札幌で購入して当時HPでも自慢した白いマシン「白子さん」。
無論その名前は「ロゼット洗顔パスタ」の白子さんの白さに由来しています。
「ロゼット洗顔パスタ」の白子さんと黒子さんは、我が国がバブル期の各モードやヤマンバギャル等の多様過ぎる流行を経験した今見てもなお圧倒的にユニークですから、当時の衝撃といったらありません。

今回は眩しいオレンジ色で、三軒茶屋の西友で9,500円!
太子堂を拠点とするマシンですので、名前は「太子号」としました。
「マッハ号」のように「号」で音程を落とすのではなく、「太子堂」と同一のイントネーションで「太子号」と発音する点がポイントです。

太子堂界隈は三軒茶屋と池尻大橋のちょうど中間で、傾斜も結構あるのですが、この太子号、9,500円とは思えぬ恐ろしいポテンシャルで半端ない走りやすさです。
嬉しいなんてもんじゃありません。
お近くにお立ち寄りの際は、この太子号でお迎えに上がります。




2014.4.12 大井町まちあるき~渋谷太子号

JR大井町駅の横に拡がる小路はシブい立呑の店々が密集しており、何枚か写真にもタグ付けされている通り、昨日は街歩きを兼ねて大井町〜新橋まで、場所を転々としつつ朝まで飲んでおりました。
その意義深さは申し上げるまでもありません。

途中12時過ぎくらいに、同じギター弾きで15〜6年くらい後輩の染田屋君から「いま新橋で飲んでるんですが」というあつらえたような連絡があり、友達と一緒に合流してきました。

この染田屋君、現在も東京を中心に大活躍しているミュージシャンですが、その昔北海道岩内町のテーマソングを作っています。訳あって染田屋君が録音したメインボーカルに後から私がギターとコーラスを重ねるという、サイモン&ガーファンクルの Sound of Silence的な逆方向作業を経てCDとなりました。
今聞くと染田屋君も学生時代で声も若く感じますが、イイ歌なので聴いてやって下さい。
♪ 岩内Song

ところで染田屋君と飲むと常に際限がないためしばしば面倒な事態に陥るのですが、案の定、先に帰った際にスマホを忘れて行きやがりました。

本日昼に何とか連絡が取れ、待ち合わせて渡すことにしたのですが、考えてみるとこの時代、ケータイを持たない人間と待ち合わせるなんて久しく記憶にありません。
となると、ここはやはり「王道的待ち合わせ場所」が極めて有効ですね。
昔の札幌なら大通地下のペコちゃん前。東京なら勿論、三越ライオン前か渋谷ハチ公前です。

結局後者となり、私は自慢の愛車・太子号にRide On!
さっそうと渋谷に向かったまでは良かったのですが、スクランブル交差点やハチ公前のあの鬼混雑の中に自転車で突入(勿論押しチャリですが)するなど無謀の極致。
染田屋君にスマホを手渡し、どうにか渋谷から脱出したのでした。

窮屈な思いをさせてすまん、太子号。
皆さんも都心への自転車乗り入れには注意しましょう。

※写真は岩内町ソングのCDジャケ写に使った町のキャラクター=タラ丸君です。素敵でしょ。




2014.4.13 太子堂楽器店

日々大したこともしてないのに何とはなく色々な事に追われて元々ギターを弾く時間の少ない自分ですが、今年は1月の新春アワー以降全くギターに触れておらず、久しぶりに長いインターバルです。

左指の指先のフニャフニャさ加減はそこらで売ってるキノコの頭と全く一緒で、買い物をしていてキノコを見た時、これで弦を押さえてもイイ音しないよなーと悲しくなります。

そんな事を考えてキノコ売場に立っている人も珍しいと思いますが、もし同じようにギターから離れている方がいましたら、今の自分に気付かせてくれるキノコ売場にGoです!

さて、そんな私の音楽ライフをサポートしてくれるだろうお店、それがこの太子堂楽器店。
妙に厳かな太子堂という響きと毛筆体のロゴ。 琵琶や雅楽でも専門としているかのようですが、 店外から見たところ特に変わった様子はありません。というよりむしろグローバル過ぎる感じすらします。
しかしHPを見ると創業は昭和3年ですから、この歴史。やはり東京は侮れませんね。
太子堂、太子号、そして太子堂楽器店のトライアングルと、「3」という数字も何かの運命と言って良いでしょう。

一朝一夕にはリハビリも不可能なので、当面は新機軸「キノコサウンド」、即ちサステイン(=音の伸び)のない音色を売り物に勝負です!!




2014.4.20 続・太子堂楽器店

東京に来て3週間、引越荷物梱包用の大量のゴミと共生していた私ですが、この土日にせっせと片付け作業を行い、晴れて私の部屋は綺麗になりました。
机代わりの段ボールも5つに増え、これはこれで便利なのですが、やはりテーブルと椅子のない生活は何かと不自由なので、来週はこれらを導入して「リビング」という感じにするのです。

部屋が綺麗になったのを機に いよいよギターを出すこととし(←結局まだ出していない)、まずはギタースタンドを購入すべく太子堂楽器店に足を運びました。
実は先週は時間がなくて外から写真を撮るだけだったので、記念すべき初太子堂楽器店です。

太子号で店の前へ華麗に横付けし、入店する私。
しかし一般的な3次産業関連施設で耳にする「いらっしゃいませ」という言葉もなく、カウンターには店の(主人と思われる)おじさんが無言で座っています。
しかも店の内部が想像以上に狭いため、店主(と思われるおじさん)と客との緊張関係が自動的に発生かつ増幅し、楽器屋慣れしている私もさすがに想定外の事態です。

狭い店内には中古の楽器が20本ほど陳列しており、これを眺める振りをしながら眼球を魚眼化させてギタースタンドを探す私。
一方、並んでいるギターには全て「ギター教室生徒募集中」というヤマハ音楽教室のようなフレンドリーな紙がぶら下がっており、店内の緊張感とのギャップが私のツボを襲います。

結局、太子堂楽器店にギタースタンドは存在しませんでした。
確かにあの店の床面積ですと、ギタースタンドのような床面積の占有を前提とした商品は排除されることでしょう。
というわけで、私のマーチン君とジャガー君はあと1週間、引き続きケースの中で過ごすこととなりました。すまんMJ!(=マーチン君とジャガー君)

来週は「夢のリビング編」の予定です。




2014.4.29 シャワー通り・坂本さん

パルコの裏の通り、「シャワー通り」という名前なのって御存知でしょうか。
車道を狭めた歩行者重視のS字型の道路は、札幌市と地元の共同負担という全く新しい形で作られた道路です。
今週23日、その中心人物だった札幌四番街商店街の坂本さんが亡くなったという知らせをいただきました。

(きっとこれをご覧の皆様も同じように)「誰もやったことがない」からやりたい訳ではなく、価値があると思うからやりたいだけなのですが、現実には「過去に例がない」というだけでやれないことがきっと沢山あり、結果として「やりたいこと」→「誰もやったことがないこと」に行きつくという、望まない現実があるのだろうとは感じています。

坂本さんは熱いオジサマで、初対面の時から言い合いになった記憶がありますが、巡り巡って2006年9月2日のシャワー通りリニューアルイベントで、橋本はオープニングアクトを務めさせていただきました。

坂本さんが亡くなったと聞いて、ガサガサと過去の映像を探したら、オープン後の2007年1月の新春アワーの映像が出てきました。
「営業倶楽部」というフザけたコーナー名ですが、客席にいらっしゃった坂本さん目がけて、それは歌いましたとも。

♪Waking,Walking,Walking,Walking,シャワー通りでも歩きせんか−

10年時代を先取りしたシャワー通り。
これからも世の中に良いstreetを作ってまいります。