Music Archive
 Review
EP Records
Rhythm & Blues
Jazz etc.
Bluegrass
 
戦後の廃盤歌謡曲

 私が日本の歌謡曲の廃盤レコードを収集し始めたのは、高校生の頃でした。
 これには私の幼少時の家庭環境が少なからず影響しています。


これは2000年にHPを開設した際の「音楽のページ」の書き出しです。
私は大好きな廃盤を取り上げては張り切ってその好きさ加減を文章に綴り、憚りながら全国の多くの方にご覧頂いていた当HPの中でも特に人気のコーナーでありました。
2000年から暫くの間というのは、つまりそういう時代だったということなのです。

既にCDは普及していたものの、まだ何でもかんでもCD化されているわけでなく、私が好きだったB級テイストの廃盤系などは尚更です。
また音源ファイルも mp3 にように高音質で軽量に圧縮できるツールは全く普及していません。
当時の私は、シングルレコードをターンテーブルに乗せ、当時まだ活躍していたMDに一旦録音した上でPCにライン接続し、HP作成教本に付属されていたアプリ(当時はソフト)を使ってほんの10秒程度音声ファイルに変換する作業を経てHPにアップしていました。
そんな超低品質なものでも、当時は物珍しさから多くの方がアクセスして下さったものと思われます。
しかしそれらもその後JASRACの目に留まることとなり、警告的なメールを送られて削除せざるを得なくなる、という実に面倒な時期もありました。
というわけで、EPレコードのコーナーがわずか数枚で終了しているのは、そうした冴えない事情によります。

それが今では。
YouTubeが拡がって以降、音源どころか映像まで昔の貴重な素材が2次関数的に増えて、そのうち地球上に生まれた音源や映像が全てYouTube内に収まる日が来るのではないかと思うほどです。
当時の音楽のコーナーは、「個人HPの拡大期以降/YouTube拡大期前」という時代の隙間の産物であります。


星はなんでも知っている/平尾昌章 オールスターズ・ワゴン 

水島哲作詞
津々美洋作曲
キングレコード 1966年
モノラル
\330
1.
星はなんでも知っている 夕べあの娘が泣いたのも
かわいいあの娘のつぶらな その目に光る露のあと
生まれて初めての甘いキッスに 胸がふるえて泣いたのを

(せりふ)
 あの娘を泣かせたのはおいらなんだ・・・
 だってさ、とってもかわいくってさ、
 キッスしないでいられなかったんだ
 でもさ、でも・・・
 お星様だって知っているんだ
 あの娘だって悲しくて泣いたんじゃない
 きっと、きっと、うれしかったんだよ

2.
星はなんでも知っている 今夜あの娘の見る夢も
やさしいナイトが現れて 2人でかける雲の上
木彫りの人形にぎって眠る 若いあの娘の見る夢も

(ジャケット裏解説より)
水島哲作詞、津々美洋作曲のこの歌は、平尾が情熱を傾注した新作歌謡曲です。


初っ端からこんなエース級を投入して良いのかというニクい1枚。
主人公は平尾昌章さんと、"生まれてはじめての甘いキッスに泣いて"しまった少女です。

平尾さんはまず1番で、少女が泣いてしまった事実及びお星様がお見通しであることを歌った後、続くセリフの中で、彼女を泣かせたのが自分(=おいら)であること、そしてそうせずにいられなかった理由を申し訳なさそうに告白します。

ところが平尾さんはその直後、一転して居直り、彼女は嬉しかったから泣いたのだと決めつけた上で、星もそのことを御存知だと言い切って、この話を終わらました。
その後2人がどうなったかについては触れられていませんが、相手も木彫りの人形をにぎって眠るほどの変わり者ですから、事態が泥沼化していくことは避けられないものと思われます。

それにしてもこのサウンド。
スチールギターの怪しげな動き、管楽器のニクいサポート、電気ギターのナチュラルなトーン、もちろんベースはウッドベース。
どれをとっても時代が感じられ、素晴らしいですね。
一方平尾さんのセリフは、内容もさることながら、語り口、間の取り方など、ほとんど犯罪スレスレというエッチさで、 私生活の方もさぞかし危険だったものと想像されます。

なお、ダメ押し的にこの曲に魅力を加えているのがジャケット裏の解説で、
 この歌は平尾が情熱を傾注した新作歌謡曲です。
「新作歌謡曲」という言葉もスゴイですが、 当時のシングルレコードには必ずこうした解説があり、これが常に何とも言えない味わいを音楽に加えています。

↑top


ロック 夕やけ小やけ/平尾昌章 オールスターズ・ワゴン 

中村雨虹作詞
草川信作曲
キングレコード 1966年
モノラル
¥330
1.
夕やけ小やけで 日が暮れて
山のお寺の 鐘がなる
お手々つないで 皆かえろ
カラスといっしょに かえりましょう

<間奏>

2.
子どもが帰った あとからは
丸いおおきな お月さま
小鳥が夢を 見る頃は
空にはきらきら 金の星

(ジャケット裏解説より)
「夕やけ小やけ」は申し上げるまでもなく、皆様おなじみの童謡で、ロックで巧みにアレンジされております。


目ざとい方というのはいらっしゃるもので、本コーナーで最初に取り上げた「星はなんでも知っている」のジャケットの中、小さく「ロック夕やけ小やけ」というB面の曲名の記載に気付き、このB面についても紹介を希望する旨のメールを、稚内市在住のAKさんより頂きました。
実はこの1枚を本コーナーの1曲目に持ってきたのには訳があって、それはまさしく御指摘の通り、A面に勝るとも劣らない優れたB面を備えていることなのです。

ちなみにこのAKさんは、A面の「星」、B面の「夕やけ」というテーマにある共通性を見出され、この1枚は"天体もの"というジャンルにカテゴライズされるのではという注目すべき持論を展開されており、こちらにも感銘を受けました。

さて、サウンドをチェックする前に、まず解説に注目しましょう。
 「夕やけ小やけ」は申し上げるまでもなく、皆様おなじみの童謡で、ロックで巧みにアレンジされております。
この「申し上げるまでもなく」とか「〜されております」といった言葉遣いが既にロック的でないわけですが、 「巧みにアレンジされている」というところに注目しながら針をおろしますと・・・。

これはすごい!
スクラッチ・ノイズの向こうから聞こえてくる「ロック」。
こんなのロックじゃねーよ!と言うのは21世紀を生きているからの話であって、このサウンドがロックとして存在していたことがあった、という事実が重要なのです。

そして間奏に入る時の「うあ"ぁーーっ!!」というシャウト!
これは従来のシャウトの概念を根本から覆すような「叫び」であり、私など初めてこれを聞いたときは、平尾さんがレコーディング最中に感電したのではないかと思った程です。

当時の小・中学生は この叫びを聞いて カラスと一緒に帰ることがどれほど危険なことであるかを学んだことでしょう。
そしてこの叫びは他のロックでは絶対聞けないというレア感も手伝って何故かやみつきになり、くり返し聞きたくさせる力を持っていますので、気をつけましょう。

このレコードの発売は1966年。そう、ビートルズが来日した年なのです。
鎖国が及ぼした深刻な影響など難しいことにまでつい考えを及ぼしてしまう、深い1枚といえましょう。

↑top


こまっちゃうナ/山本リンダ 

遠藤実作詞・作曲
ミノルフォンレコード 1966年
ステレオ
¥330
1.
こまっちゃうナ デイトにさそわれて
どうしよう まだまだはやいかしら
 うれしいような こわいような
 ドキドキしちゃう 私の胸
ママに聞いたら 何んにも云わずに笑っているだけ
こまっちゃうナ デイトにさそわれて

2.
こまっちゃうナ お手紙来たけれど
悪いかなァ お返事出さなけりゃ
 うれしいような こわいような
 ふるえてしまう 何故でしょうね
ママに聞いたら 初めはみんなそうなんですって
こまっちゃうナ お手紙来たけれど

(ジャケット裏解説より)
 本  名  山本アツ子
 生年月日  昭和24年3月4日
 現 住 所  東京都新宿区戸塚2-72岡田方
 出 身 地  九州小倉
 略  歴  昭和41年 遠藤実先生に師事 歌謡曲を学ぶ


「チャッチャチャッチャチャ、チャッチャッチャッチャチャ〜」 すべり出しから大変健康的です。
ペンペンしたエレキギターも既に導入されており、なかなか意欲的ですね。
また、冒頭の8小節が終わってそのまま歌に入れば良いものを、更にクラリネットによる中間部へと展開し、 このアイドルの歌声を聞けるのはまだまだ先と言わんばかりにこちらをジラしています。

いきなり余談ですが、管楽器って色気があって良いですね。
私がこの管楽器の持つ色気を最初に感じたのは、小学校で「オクラホマミキサー」を踊った時のこと。

「チャラチャッチャッチャラララ チャッチャッチャッ」
日本の童謡にも近い、健康的でかわいらしいイントロ。
女子と手を繋いで踊る男子の中に一切の邪念の入り込む余地もない、道徳的な音です。
私は無垢な心のまま、とっかえひっかえ女の子と踊り続けました。

ところが!
そのオクラホマミキサーがサビの部分に突入した時、私は全身(主に下方)に強い衝撃を感じました。
オーボエ(クラリネット?)がリードするその音は、突然のマイナー調とも相まって、小学生になったばかりの私には余りにも官能的。
こんな猥雑な音をバックに小学校低学年の男女が手を取り合ってダンスなどして良いのだろうかと、実に申し訳ない気持ちになったものです。

今でも、例えばテレビでちょっとエッチなシーンに挿入される時の音はサックスのブロウと相場が決まっていますし、 加藤茶の「ちょっとだけヨ」はミュートの効いたトランペット。
人間の「息」そのものが間接的に 音になっている管楽器は、やはりその色気という点で他の楽器を圧倒していると言えましょう。

というわけで「こまっちゃうナ」でした。冒頭の官能的8小節を経由し、イントロはこの後「ジャンジャジャンジャジャン」×2のゴーゴー・ダンス風のブリッジ部へと移り、「ジャジャジャジャッ!」というブレイクで最高潮に達しました。
その直後に切り裂いて来る第一声、「困っちゃうな」 の想像を絶するハイテンション。
これほどまでに盛り上げて来たイントロも、単なる前菜に過ぎなかったことを思い知らされます。
困っていないのに、これほど大きな声で困ったと言った人を、私は他に知りません。

ちなみに彼女がなぜ困ったと叫んでいるかのと言うと、どうやら男子からデートに誘われたものの、年齢的にまだ早いのではないかという不安がある模様。
その上で、「嬉しいような 怖いような ドキドキしちゃう 私の胸・・・」と歌い、どうしたら良いかをママに聞く山本リンダさん。
この段階で、既に世の男性はこの可愛らしい小悪魔に心奪われたに違いありません。

ところがこのママ。
実のママではなく、店のママなのではと思う程の余裕で、「なんにも言わずに笑って」この小娘を見事にかわしました。


さてこの後、彼女はどうなるのでしょうか?大変なことになってしまうのでしょうか?!
しかし、その結末をまるで聞き手の想像にゆだねるかのように、エンディングのコードは当時耳慣れないGm6th。
なおこのエンディングは、70年代になって吉田拓郎さんの「旅の宿」で、ほぼ同じ形のまま耳にすることができます。

最後に、いつものことながら私達は情報満載のジャケット裏の解説からも目を離さぬように致しましょう。
  本名:山本アツ子
  現住所:東京都新宿区戸塚2-72 岡田方
「リンダさん」が本当は「アツ子さん」であることを明かすことは、セールス上何のメリットもないのでは・・・。
そして、ここで全国に住所をお知らせされている「岡田さん」とは一体?!

↑top


伊勢佐木町ブルース/青江三奈 

川内康範作詞
鈴木庸一作曲
竹村次郎編曲
ビクターレコード
ステレオ
¥370
1.
あなた知ってる 港ヨコハマ 町の並木に 潮風吹けば
花散る夜を 惜しむよに 伊勢佐木あたりに 灯がともる
恋と情けの・・・灯がともる

2.
あたしはじめて 港ヨコハマ 雨がそぼ降り 汽笛が鳴れば
波止場の別れ 惜しむよに 伊勢佐木あたりに 灯がともる
夢をふりまく・・・灯がともる

3. あなた馴染みの 港ヨコハマ 人にかくれて あの娘が泣いた
涙が花になる時に 伊勢佐木あたりに 灯がともる
恋のムードの・・・灯がともる



この曲は全てが良すぎるため、その魅力を整理して冷静に解き明かすことが困難です。

まずこのジャケット。イカす!
HP上で詳細に御覧いただけないのが誠に残念ですが、このジャケット写真、一目で合成写真とわかる仕上がりになっており、その「一目で合成と分かる具合」がこの時代の産物の重要な特徴です。
そう、合成は合成と分かってこそ、良いのです。

なおこの頃のスターの新曲は、ジャケット写真がA・B面用にそれぞれ用意されており、それが正方形×2の長方形の台紙に印刷され2つ折りになっている、というタイプが主流です。
この「伊勢佐木町ブルース」のB面=「霧のハイウェー」のジャケット写真の方も同様の仕上げ。無論、こちらも強力な合成仕上げになっていることは言うまでもありません。

そして余りにも危険なこのイントロ。
職場でお聴きの方は、くれぐれもボリュームに注意して下さい。

まずは伴奏の方を注聴してみましょう。
「チャラッチャチャラララッチャチャッ」というお馴染みのストリングス、ピック弾きと思われる硬質の エレキ・ベース、そしてなぜか卑猥な雰囲気を増す効果があるドラムのリムショット(カツン、カツンという音)−
  概ねこの辺りがサウンドを決定する中心的な役割を果たしているようです。
通常この手の「官能サウンド」をリードするサックスの姿が見えませんが、これは恐らく予算上の制約などではなく、青江さんの声で既に十分官能的であり、これにサックスなどが加わった日にはもはや危険な官能領域に入ってしまうという現場の判断と理解すべきでしょう。

そして迫り来る青江さんの喘ぎ声。
青江さんが亡くなった時の報道の中に、「誰もが1度は真似をしたことのある伊勢佐木町ブルースで知られる青江三奈さんが・・・」という物凄い紹介をしていた局がありました。
これほどまでに何の統計にも基づかない報道をして良いのかという議論は別にあるとしても、言いたくなる気持ちは理解できます。

何となく文字にしにくいこの喘ぎ声ですが、こうした種類の声を表記するのに非常に適した言語=英語を活用してみます。
すると主に「Ah〜」と表記される声も、後半になると「Nn〜」という表記に近いバリエーションも見受けられ、青江さん、私生活においてもかなりテクニック豊富であっただろうことをうかがわせます。

1番

「♪あなた知ってる 港ヨコハマ〜」
すばらしい声ですね。深いビブラートも正確に3連符で波打っています。
一方バックの演奏に耳を移すと、こちらも心ニクイ限り。ベースはおなじみの「妖怪人間ベム」サウンドですし、 エレキギターも負けじとペンペンした音で盛り上げています。もちろんストリングスも申し分ありません。

こんなバックと一体となって進む港ヨコハマでの恋の物語。伊勢佐木あたりにも灯がともったその時!
突如「ドゥドゥビドゥビドゥビドゥビドゥヴァー」という意味不明のスキャットが!

歌詞が2小節分足りなかったのでしょうか?それとも当初からのプランなのでしょうか?
無論我々には知る由もありませんが、ともかくここに日本の歌謡史に残る重要なスキャットが生まれたのです。

Ending

「♪恋のムードの〜 ドゥドゥビドゥビドゥビドゥビドゥヴァー 灯がともる」
素晴らしい伊勢佐木町の夜が終わりました。

いや、しかしきっと終わったのは歌だけで、これから始まる伊勢佐木町の長い夜のイントロに過ぎないことでしょう。
そしてその夜も二転三転してまだまだ波乱がありそうです。
そんな長い夜を予感させるように、曲のエンディングは意表を突くリフレインの5連打!

通常"リフレイン"とはその名の通り2回、多くて3回が相場で、4回というのを耳にしたことがありません。
それが常識外れの5回、しかも5回目は今出せと言われても出せないほどレトロなエレキ・ギターのサウンドが。
うーん、すばらしい。

さらにそのエレキ・ギターによる最後のコードはFm6。
m6・・・上の「こまっちゃうナ」と同じ和音ですね!
当時、この「m6」という響きがいかに魅力的だったかが窺えます。

↑top


また逢う日まで/尾崎紀世彦 

阿久悠作詞
筒美京平作曲・編曲
フィリップス・レコード
ステレオ
¥400
1.
また逢う日まで 逢える時まで 別れのそのわけは 話したくない
なぜかさみしいだけ なぜかむなしいだけ たがいに傷つき すべてをなくすから

(Cho.)
 ふたりでドアをしめて ふたりで名前消して
 その時心は何かを 話すだろう

2.
また逢う日まで 逢える時まで あなたは何処にいて 何をしてるの
それは知りたくない それは聞きたくない 互いに気づかい 昨日に戻るから



2002年最初の本コーナーは、昨年12月29日のハシモトコウアワーでも歌った「また逢う日まで」!
このミディアム・テンポでお客様がスタンディングで踊る世界は、ステージ側から見ていてもホントにイカしてて圧巻でした。
さてジャケット上部に記載されているコピーは、
 「スケールの大きさと抜群のフィーリングで圧倒する歌謡界待望の大型歌手」。
しかし聴く者を圧倒する以前に見る者を圧倒するのがこの三角形のもみあげで、本来見えるはずのない左側面のそれまではっきりと写っています。
時代を問わず、絶対に流行らない髪型と言って良いでしょう。

さて人間、髪型で判断してはいけません。
私も大学時代にこの1枚を購入、慎重に針を落とし、出てきた音を聴いたときはあまりにカッコ良くて絶命してしまうかと思いました。
それもそのはず、何しろ作詩は阿久悠さん、作曲は筒美京平さんというゴールデン・コンビ。
この2人に尾崎紀世彦さんまで加わった今、そのポテンシャルはもはや危険な領域に突入したと言って良いでしょう。

Intro〜1番

「ジャッジャッジャラッチャチャッ(ドン)」
この異様に田舎臭いフレーズと、呼応してドラムを「ドン!」と叩くという間の抜けたアイデアがダメ押しとなって、このイントロは「忘れられない」というより「忘れにくい」フレーズに仕上がっており、この曲のイントロはこのフレーズ抜きでは語れません。

そしてホーンセクションによる4小節を経て、静かに曲が滑り出しました。
この曲の独特のうねりをリードしているのは何と言っても「ウニウニ・ムービング・ベース」です。
この時代の歌謡曲のシンボル的存在で、とにかくカッコいい!!
殆ど思いつきで弾いているとしか思えない自由奔放なこのスタイル。これからベースを始めようとする方は、是非このスタイルをマスターしましょう。

もちろんピアノも許せません。
尾崎さんの歌に1行1行レスポンスするそのフレーズは余りにも印象的で、私など弾けもしないのについピアノを弾くまねをしてしまいます。


さて次に歌詞に目を移してみましょう。
するとその世界は余りにも大人のそれで、出来れば子供には聞かせたくありませんね。
 「別れのその訳は話したくない」
なんて勝手な男なのでしょう・・・。
「なぜか虚しいだけ」などと訳の分からないことを言っていますが、一体なぜ?
 「互いに傷つき 全てを無くすから」
・・・正直なところ相変わらずよく分かりませんが、少なくとも何か考えあってのことだということは分かりました。
そして次のサビの歌詞及びメロディにより、「また逢う日まで」は永遠の名曲となるのです。

 「2人でドアを閉めて、2人で名前消して…」

小学生だった私は、当時、この2人の関係が全然理解できませんでした。
別々に出ていくならともかく2人でドアを閉めるなんて、きっと仲良しなはずなのに−。

でも、この歌詞は何故か切ないですね。子供心にそれだけは強く感じました。きっとそういうところが阿久悠さんのスゴさなのでしょう。
小学生の子供を訳も分からないのに切なくさせるこの世界。私はこの歌詞の虜です。

さて間奏、いわゆる「ミドル・エイト」ですが、わずか8小節なのにメチャメチャ効いてますね。
楽曲としてのコード進行が素晴らしく、ピアノ&ベースという2人のプレイヤーもまた素晴らしい。
ピアノの"間"の取り方は、まるで何かに呼応しているかのよう。
またベースの最終小節にかけてのハイ・ポジション・フレーズなどは「ウニウニ・ムービング・ベース」の真骨頂で、異様な高揚感を伴って2番の「また逢う日まで〜」に私たちを運びます。

*

この曲は1971年の日本レコード大賞を受賞しました。
規定によると「日本レコード大賞」の栄光に輝くのは
  作曲、編曲、作詩を通じて芸術性、独創性、企画性が顕著にして優れた歌唱によって活かされた作品で、
  大衆の強い支持を得た上、その年度を強く反映・代表したと認められた作品。
掲げられた審査基準のどの部分をとっても、この曲はそれらを軽々とクリアしている気がします。
独特のスケール感も加わって、ある意味で最もレコード大賞的な曲ではないでしょうか。

ちなみにこの時代、「日本レコード大賞」はその名にふさわしい権威を持っており、選ばれる曲を見ても審査基準に謳われているところの「その年度を強く代表」した曲が選ばれており、 受賞曲をざっと一覧しても、好き嫌いは別として、曲名を見るだけでその時代がよみがえって来ます。
  1972年(昭和47): 喝采 ちあきなおみ
  1973年(昭和48): 夜空 五木ひろし
  1974年(昭和49): 襟裳岬 森進一
  1975年(昭和50): シクラメンのかほり 布施明
  1976年(昭和51): 北の宿から 都はるみ
  1977年(昭和52): 勝手にしやがれ  沢田研二
なんだか1曲1曲興奮しますね。
ところが1978年(昭和53)の「UFO(ピンクレディー)」あたりから、だんだんレコード大賞にも暗雲が。
そしてその凋落は1987年、近藤真彦さんの「愚か者」を選出するという行為にとどめを刺したと考えています。

↑top


ふり向くな君は美しい/ザ・バーズ 

阿久悠作詞
三木たかし作曲・編曲
ビクター音楽産業株式会社
ステレオ
¥600
1.
うつ向くなよ ふり向くなよ 君は美しい 戦いに敗れても 君は美しい
今ここに青春を刻んだと グランドの土を手に取れば
誰も涙を笑わないだろう 誰も拍手を惜しまないだろう また逢おう いつの日か また逢おう いつの日か
君のその顔を忘れない

<間奏>

2.
うつ向くなよ ふり向くなよ 君は美しい 悔しさにふるえても 君は美しい
ただ1度めぐり来る青春に 火と燃えて生きてきたのなら
誰の心も打てるはずだろう 誰の涙も誘うはずだろう また逢おう いつの日か また逢おう いつの日か
君のその顔を忘れない




 ♪うつ向くなよ ふり向くなよ〜
B級歌謡曲の粋を集めたようなこの曲。知らない方なら橋本は一体何の悩みがあってこの曲を取り上げているのかと思うことでしょう。
これは毎年正月に開催される「全国高校サッカー選手権」のテーマであります。

正月以外では絶対に流れない曲なので、レビューもこの時期(今は2002.1月)を逃すわけにいきません。
思えば昨年(2001年)も尾崎紀世彦さんの「また逢う日まで」のレビューに没頭しているうちに選手権が終わってしまい1年先送りしたのですが、危うく今年も機を逸するところでした。

さてこの曲、高校野球のテーマ「栄冠は君に輝く」と比較してみると違いが際立つのですが、「栄冠〜」の方はいかにも古典的応援歌という趣で今ひとつパッションに乏しいものの、 甲子園の出場校紹介時などにはオルゴール風のアレンジが使われたりと、それなりにツブシが効くという点で使い勝手は良いと言えます。

一方、この「ふり向くな〜」の方はと言いますと、曲そのものが熱すぎてどうにも恥ずかしい上、他に料理のしようがないのが深刻な欠点です。
恐らく曲を発注した日本テレビもさぞかし誤算だったことでしょう。
Jリーグ発足以前、高校ラグビーの方が高校サッカーより人気があった印象がありますが、原因の一端は間違いなくこの曲にあると私は確信しています。

しかし!気が付くと私はこの曲の虜になっていました。
イントロから迫り来る熱いギター。そしてこのジャケット写真!
実を言うとこのシングルは、私が「廃盤」としてでなく、高校時代にリアルタイムで購入してしまった数少ない1枚であることを告白せねばなりません。

久しぶりのレコード・レビューは、そんな「ふり向くな君は美しい」。サッカー・ファンの皆様ならハンカチを用意して聞きましょう。


まず、この「ザ・バーズ」とは一体何者でありましょうか。
ロック史に燦然と輝く同名のバンドがありますが、このジャケット写真を見る限り彼らではないようです。
というか、デビッド・クロスビーさんやクラレンス・ホワイトさんがこの衣装とこのポーズで写っているジャケット写真が存在していたら、ロック史自体を揺るがしかねない騒ぎとなることでしょう。

こうした際はいつも御紹介しているとおり、ジャケット裏の丁重な説明書きが便利です。
早速見てみましょう。
 ザ・バーズ プロフィール
   昭和51年開講した日本テレビ音楽学院第一期生で、男10名女32名からなるコーラス・グループです。
   平均年齢15〜16歳の若さいっぱいの「新鮮さ」で歌に踊りと個性的なグループです。
合計42人もいる時点で既に全く個性的じゃないと私は思うのですが、"玉石混淆"という点においては確かに個性的で、メチャクチャ可愛い子がいる一方、決してそうではない御面相の方、さらに中央付近にはニュー・ハーフ風の男性も混じっており、「ふり向くな」という言葉もなかなか深いなと勝手に感心しているところです。

いずれにしても、いま40人で写真を撮ろうと考えた時に、こうした草原でこういう写真を撮ろうという発想には決してならないはずで、例えば卒業アルバムのクラス写真をこの場所&ポーズで撮ることに決定した日には、間違いなく暴動に発展することでしょう。


ではいよいよ音を聞きながら、この曲の魅力を考えてみましょう。
すると、特に魅力がない曲だとすぐに気が付きますね。

歌詞が歌詞なら曲も曲、加えて歌い手が写真のバーズなのですから受難のテーマソングとしか言いようがないのですが、しかしこのテイストは他の曲でそうそう味わえるものではないため、ハマると結構やみつきになります。

そのサウンドの特徴を決定付けているのは、エッジの効いた、いえ効き過ぎたリード・ギター。これに尽きると言えます。
類似例として、バンバンの「いちご白書をもう1度」(1975年)のイントロのリード・ギターが浮かびます。
「いつか君と行った映画がまた来る」だけで何もそこまで泣かなくても・・・という悲しいビブラートに包まれた"泣きのギター"。

同様に、「振り向くな〜」のギターの方も、始まった時点で既に感極まっており、チョーキング一つを取っても アタックから最高点に到達するまでの時間の長さがパッションの深さを感じさせます。
その情熱はイントロ最後のチョーキングで頂点に達し、そのままザ・バーズの歌へと突入するわけですが、 いざ歌が始まってみれば「ドッテドドッテ・・・」というドラムと「デンデンデンデンデンデンデンデン・・・」というベースが共にバカにしているような単調さで、このコントラストが結構笑えます。
ちょうど異様に盛り下がった飲み会の席で1人感極まって号泣している奴がいるような様相を呈しており、これもハマると抜け出せなくなる本曲の特徴のひとつです。


ところで今年(2003年)の高校サッカー選手権、見てみるとソフィアさんがテーマソングを作曲して歌っており、「振り向くな〜」と併用されている模様です。
いよいよ「振り向くな〜」もその役割を終える日が近いのでしょうか!
ファンの皆さん、明日の決勝は心して見聞きするように致しましょう。

↑top


スターのウィスパー・カード/天知真理 
阿久悠作詞
三木たかし作曲・編曲
ビクター音楽産業株式会社
ステレオ
¥600

とっても久しぶりですね。
こうしてまたお話ができるなんて。
今日は今までのつもりつもってたお話をしましょうね。

1回目のこの声のデートから今日までどんなことがあったのかしら。
私はね、いろんなことがたくさんあったの。
まず第1に、はじめてのアメリカ旅行。

ああ!リラックスして聞いてね。 ゴローンと寝っころがっててもいいわよ。あぐらをかいててもいいわよ。
お友達ですもの、気楽にいきましょうね。

そうねえアメリカ・・・





「ウィスパー・カード」。
この危険すぎる響きを持つカードは、アイドルが直接貴方に話しかける"ソノシート"と"大型ブロマイド"が合体した、これ以上あり得ないという強力なアイテムです。
私がこのウィスパー・カードを手にしたのは、高校時代に天地真理さんの「恋する夏の日」を購入した時のことでした。

*

元々天地真理さんのレコードには殆ど手を出していなかった私ですが、「あなた〜を待つの〜、テニスコート〜」という、上手も下手も超越した裏声唱法はやはり捨てがたく、この「恋する夏の日」の購入を決意しました。

古レコード屋で購入し、帰宅後さっそく聞こうとレコード盤を出したその時!
ジャケット写真とレコード盤の間からヒラリと1枚の葉書大のブロマイドが・・・。
服は白地に赤の水玉、人差し指をチャーミングに顎に添え微笑む天地さんという、息をのむ1枚です。

「不思議なモノを入手してしまったものだ・・・」と、まだ冷静に思えていたのもこのオモテ面だけを見ている間の話。
ブロマイドを持つ右手親指が、雀士のそれのごとく裏面の微妙な凹凸を感じ取り、これは!と裏返した時・・・
私はそこに謎の風景画と貼付のソノシートを発見したのです。

カード全体を覆い尽くす、湖、お城、花畑という3点セット。
三途の川の向こう側以外にこんな場所が存在するとは思えませんが、昔のアイドルとは確かにこういうイメージだったのです。
そして絵画の上には「WHISPER CARD」の文字が。

*

「もうこれ以上待てない!」という貴方の声が、私の耳にも聞こえてきました。
さっそく針を下ろしてみましょう。

ボツッ・・・ザザザ、ザザザ・・・
 「とっても久しぶりですね。」
あ、はい・・・。
 「1回目のこの声のデートから、今日までどんなことがあったのかしら。」
声のデート!
私は今、天地さんと声のデートの最中だということが分かりました。
またこのセリフで、このウィスパーカードが2枚目のものであることが分かります。
 「あ!リラックスして聞いてね。ゴローンと寝っころがっててもいいわよ。あぐらをかいててもいいわよ。」
取って付けたようなベタなセリフは、突っ込みどころ満載なはず。
しかし私はこう語りかけられてはじめて、このウィスパー・カードを聞きながら、自分の体が異常に硬直していることに気付きました。
デート中の私の過度な緊張状態を天地さんは既にお見通しなのですね。

と油断した直後に
 「お友達ですもの、気楽にいきましょうね。」
という真理さんの優しい声。
この瞬間、私は真理さんに心を奪われ、呼称も「天地さん」から「真理さん」へとさりげなくシフトさせました。


なおこのウィスパーカードは直径約9cmで、普通のレコードの最内側よりも更に内側にあたります。
つまり通常のレコードプレーヤーでは、このソノシートを聞こうと針を持っていくと、レコードが終了したものと認識し、自動的に針が上がり、元の位置に戻って行ってしまうのです。

ウィスパー・カードを手にしていながら、確実に興味深かろうそのささやきを聞けないストレス!
結局私はレコードプレーヤーを分解し、この自動終了装置が作動しないよう内部を細工して、ようやくウィスパーカードを聞くに至りました。

デートの前に色々と努力や準備が必要だということは、昔も今も変わらないのですね。

↑top