札幌ロマンチカシアターほうぼう舎
Introduction
第1回 瓶中闇雲捕物帳
第2回 星影の円舞曲
第3回 ペチカ


第4回 忘れ咲き彼岸花
第5回 薄紅の凡歌
第6回 かかし
第7回 砂時計
第8回 俯しのビアホール
第9回 天守物語
 
かかし

第6回公演 [第3回札幌演劇祭参加作品 札幌演劇鑑賞協会主催]
かかし
1990年(平成2年) 10月15(月) 16(火) 17(水) 18(木) 19(金)
 札幌市中央区南2条西8丁目 札幌本多小劇場
1990年(平成2年) 10月27(土) 28(日) 29月) 30(火)
 札幌市北区八軒1条西1丁目 JR琴似駅前劇場
poster  ticket
作・演出 斉藤歩
舞台監督 鈴木昌裕
美術 竹貫香
照明 鈴木志保
人形 戸塚直人
記録 川村瀬戸
制作 岡本浩揮
音楽 橋本幸
役者 紅千鶴 中井清史 桜太郎 マコニ 竹貫香 田中美好 安川恭一 中田晴美 前張めろん 斉藤歩
注)公演当初のポスター・ビラ等に記載されたクレジットから転記しており、その後の加入・交替等を反映していない場合があることをご承知おき下さい。


第6回公演 かかし

「札幌演劇鑑賞協会」という団体があります。 自ら東京等から劇団を呼んで「観劇会」を企画。色々と運営も大変だと思うのですが、1970年代から脈々と続いて現在に至る団体です。
続きそうで続かないこの手の活動が、長く続いているというのは素晴らしいことですね。

90年、その演鑑の主催によって「演劇祭」というイベントが企画され、鈴木喜三夫さんの"鈴木喜三夫と芝居の仲間"、演劇集団"貫索舎"という名の通ったベテラン2劇団と共にに、私達を選んで下さいました。
「かかし」は、第6回の通常公演とは別に、この「第3回札幌演劇祭参加作品」という形でも上演する機会を頂いた芝居です。

*
1幕どアタマ、舞台上の三日月の上から
 青い光と 青い影
 月のあかりに 照らされて
 立ちつくす かかしが見える  >♪かかし
とテーマを歌った中田晴美は、惜しまれつつこの芝居を最後にほうぼう舎を去った1人で、大変美しいお姉様でした。

その昔、バンドでボーカルを取ってヤマハのポプコンの関東地区本選にまで進んだという経歴を持ち、ダンスも上手く、その上"男らしい"性格ときている中田氏。
その後 縁あって、某劇団の美男俳優と御結婚され札幌を離れましたが、初期からのほうぼう舎を支えてくれた非常に重要な役者でした。

*
2幕どアタマ、エレベーターから飛び出して
 あなたのおそばに いつでもどこでも
 Do Do Do Do Doorが開いてエレベーター
 上から下からお好みのままに
と歌った前張めろんも、惜しまれつつこの芝居を最後にほうぼう舎を去った1人で、奇しくも中田晴美と同い年、これまた大変美しいお姉様でした。

私が前張メロン氏の芝居を見たのは、忘れもしない北大演研の85年公演でしたが、体は小さいのに声量・滑舌ともに抜群で、歌を歌ってもこれまた上手いときているメロン氏。
その後 縁あって、こちらは自劇団の美男俳優・マコニと御結婚され、これまた札幌を離れましたが、最後に彼女にカッコ良く歌ってもらったことは私にとって何よりです。

*

かかしを演じたのは中井清史。
これまで独特の味わいで脇役を演じてきましたが、素朴なタッチの演技が身上の中井にとってかかしはハマり役で違和感なく収まりました。
仮に斎藤歩が案山子役だったら、さぞかし殺気溢れる田園風景になっていたことでしょう。

*

ところでこの時期、ちょっと変わったオファーがあり、それは札幌市と姉妹都市提携をしていたソビエト連邦のシベリアの首都ノボシビルスク市の国立劇場との文化交流です。
ほうぼう舎がノボシビルスク市で、ノボシビルスク市の劇団が札幌で、それぞれ公演を打つという企画で、斎藤はこの前後に実際に現地視察と打ち合わせを兼ね、 ノボシビルスク市まで行きました。
これは興奮しますね!

しかし直後91年、ソビエト連邦崩壊というケタ違いのスケールのアクシデントが発生し、私達の海外公演はソビエト連邦と共に消滅しました。

*

冒頭書いた通り、演劇鑑賞協会のイベントとのコラボレーションと、これに伴う公演数の増もあり、観客数は計1,600とバブルな数字になりました。
これをステップとして、ほうぼう舎は第7回公演「砂時計」で道内巡業へと向かいます。

↑top