札幌ロマンチカシアターほうぼう舎
Introduction
第1回 瓶中闇雲捕物帳
第2回 星影の円舞曲
第3回 ペチカ
第4回 忘れ咲き彼岸花
第5回 薄紅の凡歌
第6回 かかし


第7回 砂時計
第8回 俯しのビアホール
第9回 天守物語
 
天守物語 ーてんしゅものがたりー

第9回公演
天守物語
1994年(平成5年)
 札幌市中央区南2条西8丁目 札幌本多小劇場
1994年(平成5年) 2月12日(日)
 札幌市西区琴似1条4丁目 ターミナルプラザことにパトス
poster
 泉鏡花
友情演出 本間盛行
舞台監督 斉藤公寿
照明 鈴木志保
美術 佐藤ルカ 鷲尾昭典
道具 森光太郎
制作 鈴木昌裕
音楽 橋本幸
役者 永利靖 田中美好 林千賀子 藤原俊和 福村まり 松野雅樹 久々湊恵 梅津美星子 佐藤真由美 阿部忍 紅千鶴
注)公演当初のポスター・ビラ等に記載されたクレジットから転記しており、その後の加入・交替等を反映していない場合があることをご承知おき下さい。


第9回公演 天守物語

「俯しのビアホール」を最後に作・演出が去ったほうぼう舎。残った者達は、集団の方向を模索しました。
その頃、94年春に開催予定の「札幌演劇祭」という企画があり、私達はこの演劇祭への参加を再び動き出すための足がかりにしようと考えます。
そして脚本を泉鏡花の「天守物語」とし、演出を本間盛行に依頼しました。

*

本間盛行は北大演研で斎藤と同期だった、これまた独特の個性と価値観を持った芝居人です。
自ら劇団を主宰し、本を書き、演出し、また劇評に軸足を置いたりと、アプローチに変化はあっても芝居と深く関わり続けていた本間ですが、 私達の依頼に応じてくれ、支えてくれました。
「天守物語」という本は難解でしたが、努めて演出の考えを平易に説明して作品を作る本間の姿勢は役者・スタッフの信頼を集めました。

一方 役者は、それまでのほうぼう舎の役者が半分、そしてもう半分は新たに関わりを持ってくれた役者達です。
貫索舎とシアター・ラグからキャリア十分の藤原俊和と福村まり、後にYosakoiソーランの「祭響スコブル」を率いる梅津美星子、歌声が出色で後にLiveハシモトコウ・アワーでもコーラスを取ってくれた佐藤真由美。そして松野雅樹、阿部忍という2人の新人です。
特に「亀姫」を演じた福村は、結局私達とはこの1本だけの関わりでしたが、役柄にとてもフィットして印象的でした。
夕べ夢見た お寺の裏で
猫が三味弾く 閻魔が踊る
狂った馬で 山越えた   >♪天守物語
振り返ってもこの時の出会いは本当に大きなものでした。
劇団が何かと不安定な状態だったこの時期、演出の本間やたくさんの役者と心から楽しんで芝居を打てたというのは、あの頃の自分にとって奇跡的なことだったのです。

*

この「天守物語」は、実質的な意味での最後のほうぼう舎作品となりました。 (クレジットとしての「ほうぼう舎」は、同年開催の大通公園テント芝居「ストラヴィンスキー祭文」まで。)

斎藤の脱退を機に劇団の存廃を議論した際、自分は「ほうぼう舎」という名前で芝居を打ち続けること自体に意味を感じ、それに強くこだわりました。
しかしこの「天守物語」を作り上げて行く中で、劇団名にアイデンティティを求める気持ちは徐々に薄れていき、「一緒にやりたい人とやりたいことをやり切れることが楽しく意味がある」という、 言わば当たり前のことを、少しずつ感じられるようになっていったのでした。

* *

こうして、時間の経過と様々な出会いを通じ、札幌ロマンチカシアターは、本当の意味で消滅しました。
初演からわずか5年余りの、濃密な時間でした。

↑top